青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
南海之帝ヲ為レシ儵ト、北海之帝ヲ為レシ忽ト、中央之帝ヲ為二ス渾沌一ト。
南海の帝を儵と為し、北海の帝を忽と為し、中央の帝を渾沌と為す。
南海の帝王を儵といい、北海の帝王を忽といい、中央の帝王を渾沌という。
※儵と忽=どちらも「短い時間」を意味する言葉であり、人為的であることを意味している。ここではそれを擬人化している。
※渾沌=物事の区別がなく、人の手が加えられていない未分化な状態で、無為自然のことを意味している。それを擬人化したもの。
儵ト与レ忽、時ニ相与ニ遇二フ於渾沌之地一ニ。
儵と忽と、時に相与に渾沌の地に遇ふ。
儵と忽とが、ある時一緒に渾沌の(治めている)地で偶然出会った。
渾沌待レスルコト之ヲ甚ダ善シ。
渾沌之を待すること甚だ善し。
渾沌は儵と忽を大変よくもてなした。
儵ト与レ忽諜レリテ報二インコトヲ渾沌之徳一ニ曰ハク、
儵と忽と渾沌の徳に報いんことを謀りて曰はく、
儵と忽とは、渾沌の恩に対してお礼をしようと相談して言うことには、
「人皆有二リテ七竅一、以ツテ視聴食息ス。
「人皆七竅有りて、以つて視聴食息す。
「人には皆七つの穴(=目・耳・口・鼻)があって、それを使って見たり聞いたり食べたり呼吸したりしている。
此レ独リ無レシ有ルコト。嘗試ミニ鑿レタント之ヲ。」
此れ独り有ること無し。嘗試みに之を鑿たん。」と。
(ところが)この渾沌だけには(七つの穴が)ない。試しにこの穴を開けてあげよう。」と。
日ニ鑿二チ一竅一ヲ、七日ニシテ而渾沌死ス。
日に一竅を鑿ち、七日にして渾沌死す。
一日に一つの穴を開け、七日目に(七つの穴を開け終えると)渾沌は死んでしまった。
※自然を本質とする渾沌に人為を加えてしまったため、渾沌が本質を保てなくなった。ゆえに死んでしまった。