青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
鶏鳴狗盗=小策を弄する人のたとえ。つまらないことでも何かの役に立つというたとえ。
靖郭君田嬰ナル者ハ、斉ノ宣王之庶弟也。封二ゼラル於薛一ニ。有レリ子曰レフ文ト。
靖郭君田嬰は、斉の宣王の庶弟なり。薛に封ぜらる。子有り文と曰ふ。
靖郭君田嬰は、斉の宣王の異母弟である。薛に領地を与えられた。(田嬰には)子どもがいて、名を文といった。
食客数千人。名声聞二コユ於諸侯一ニ。号シテ為二ス孟嘗君一ト。
食客数千人。名声諸侯に聞こゆ。号して孟嘗君と為す。
※食客=客人として抱えている家来
(文は)食客を数千人抱えていた。その名声は諸侯に知られていた。(文は)孟嘗君と称した。
秦ノ昭王、聞二キ其ノ賢一ナルヲ、乃チ先ヅ納二レテ質ヲ於斉一ニ、以ツテ求レム見エンコトヲ。
秦の昭王、其の賢なるを聞き、乃ち先づ質を斉に納れて、以つて見えんことを求む。
秦の昭王は、孟嘗君が賢明であることを聞き、そこでまず先に人質を斉に送り入れて、そうして会見を求めた。
※秦の国から人質を斉に送り込むことで、孟嘗君の安全を保障しようとした。人の命を担保に孟嘗君との会見を求めたということ。
至レバ則チ止メ。囚ヘテ欲レス殺レサント之ヲ。
至れば則ち止め、囚へて之を殺さんと欲す。
(孟嘗君が秦に)到着すると引き止め、捕えて孟嘗君を殺そうとした。
孟嘗君使下ム人ヲシテ抵二リテ昭王ノ幸姫一ニ求上レメ解カンコトヲ。
孟嘗君人をして昭王の幸姫に抵りて解かんことを求めしむ。
※使=使役「使二ムAヲシテB一(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」
孟嘗君は使いの者を昭王に寵愛されている女性のもとに送り、解放するよう頼ませた。
姫曰ハク、「願ハクハ得二ント君ノ狐白裘一ヲ。」
姫曰はく、「願はくは君の狐白裘を得ん。」と。
※「願ハクハ ~(セ)ン」=願望、「どうか ~させてください/どうか ~してください」
その女性は、「どうかあなた(=孟嘗君)のキツネのわきの下の白い毛で作った皮衣をください。」と言った。
蓋シ孟嘗君、嘗テ以ツテ献二ジ昭王一ニ、無二シ他ノ裘一矣。
蓋し孟嘗君、嘗て以つて昭王に献じ、他の裘無し。
実は孟嘗君は、以前に昭王に献上しており、他の皮衣がなかった。
客ニ有下リ能ク為二ス狗盗一ヲ者上。
客に能く狗盗を為す者有り。
食客の中にこそどろの上手な者がいた。
入二リ秦ノ蔵中一ニ、取レリテ裘ヲ以ツテ献レズ姫ニ。姫為ニ言ヒテ得レタリ釈サルルヲ。
秦の蔵中に入り、裘を取りて姫に献ず。姫為に言ひて釈さるるを得たり。
秦の蔵の中に入って、皮衣を盗み出して、姫に献上した。姫が孟嘗君のために説得して、釈放されることができた。
即チ馳セ去リ、変二ジテ姓名一ヲ、夜半ニ至二ル函谷関一ニ。
即ち馳せ去り、姓名を変じて、夜半に函谷関に至る。
すぐに馬を走らせて逃げ去り、姓名を変えて、夜中に函谷関に到着した。
関ノ法、鶏鳴キテ方ニ出レダス客ヲ。
関の法、鶏鳴きて方に客を出だす。
関所の法では、鶏が鳴いて初めて旅人を出すということになっていた。
恐二ル秦王ノ後ニ悔イテ追一レハンコトヲ之ヲ。
秦王の後に悔いて之を追はんことを恐る。
秦王が後で(釈放したことを)後悔して孟嘗君を追うことを恐れた。
客ニ有下リ能ク為二ス鶏鳴一ヲ者上。
客に能く鶏鳴を為す者有り。
食客の中に鶏の鳴きまねを得意とする者がいた。
鶏尽ク鳴ク。遂ニ発レス伝ヲ。
鶏尽く鳴く。遂に伝を発す。
※遂に=そのまま、こうして、とうとう
鶏はすべて鳴き出した。そのまま通行を許可した。
出デテ食頃ニシテ、追フ者果タシテ至ルモ、而不レ及バ。
出でて食頃にして、追ふ者果たして至るも及ばず。
※食頃=食事をとるほどのわずかな時間
関所を出てわずかな時間で、追ってがやって来たけれども、間に合わなかった。
孟嘗君帰リテ怨レミ秦ヲ、与二韓・魏一伐レチテ之ヲ、入二ル函谷関一ニ。秦割レキテ城ヲ以ツテ和ス。
孟嘗君帰りて秦を怨み、韓・魏と之を伐ちて、函谷関に入る。秦城を割きて以つて和す。
※城=城壁で囲まれた町
孟嘗君は、自国に帰って秦を怨み、韓・魏と一緒に秦を攻撃して、函谷関に攻め込んだ。秦は町を割譲して和睦した。