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原文・現代語訳のみはこちら無名草子『清少納言(清少納言と紫式部)』(1)(2)現代語訳
その『枕草子』こそ、心のほど見えて、いとをかしう 侍れ。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
をかしう=シク活用の形容詞「をかし」の連用形が音便化したもの。趣深い、趣がある、風情がある。素晴らしい。かわいらしい。こっけいだ、おかしい。カ行四段動詞「招(を)く」が形容詞化したもので「招き寄せたい」という意味が元になっている。
侍れ=補助動詞ラ変「侍り(はべり)」の已然形、丁寧語。言葉の受け手である聞き手を敬っている。話し手からの敬意。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。
※「候(さぶら)ふ・侍(はべ)り」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
その『枕草子』は、(清少納言の)心の様子が分かり、たいそう趣深いです。
さばかり をかしくも、あはれにも、いみじくも、めでたくもあることども、
さばかり=副詞、それほど、そのくらい。それほどまでに。「さ」と「ばかり」がくっついたもの。「さ」は副詞で、「そう、そのように」などの意味がある。
をかしく=シク活用の形容詞「をかし」の連用形。趣深い、趣がある、風情がある。
あはれに=ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形。「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。しみじみと思う、しみじみとした情趣がある
いみじく=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても
めでたく=ク活用の形容詞「めでたし」の連用形、みごとだ、すばらしい。魅力的だ、心惹かれる
それほど趣深くもあり、しみじみとした情趣もあり、素晴らしくもあり、立派でもある(宮廷生活での)ことの数々を、
残らず書き記したる中に、宮の、めでたく、盛りに、時めか せ 給ひ しことばかりを、身の毛も立つばかり書き出でて、
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
めでたく=ク活用の形容詞「めでたし」の連用形、みごとだ、すばらしい。魅力的だ、心惹かれる
時めか=カ行四段動詞「時めく」の未然形、時流に乗って栄える、もてはやされる。(天皇の)寵愛を受ける。
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である皇太后宮(=中宮定子)を敬っている。話し手からの敬意。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連用形、尊敬語。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
残らず書き記した中に、中宮定子がすばらしく栄華の盛りにあって、帝のご寵愛を受けて栄えていらっしゃったことだけを、身の毛もよだつほど書き表して、
※「身の毛も立つばかり」=「恐ろしいほど」と訳す説と「情景が目に浮かぶほど」と訳す説がある。「身の毛もよだつほどと」と訳しておけば無難である。
関白殿失せ させ 給ひ、
失せ=サ行下二段動詞「失す」の未然形、むだである。むなしい。ここでは「死ぬ」と言う意味で使われている。現代語でもそうだが、古典において「死ぬ」という言葉を直接使うことは避けるべきこととされており、「亡くなる・消ゆ・隠る」などと言ってにごす。
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である関白殿(=藤原の道隆)を敬っている。話し手からの敬意。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連用形、尊敬語。
(中宮定子の父である)関白殿(=藤原の道隆)がお亡くなりになり、
内大臣流され 給ひなどせ しほどの衰へをば、
れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連用形、尊敬語。動作の主体である内大臣(=藤原伊周)を敬っている。話し手からの敬意。
せ=サ変動詞「す」の未然形、する
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形だが、カ変・サ変に接続するときは、接続が未然形になることがある。
ば=強調の係助詞。強調する意味があるが、訳す際に無視しても構わない。
(兄の)内大臣(=藤原伊周)が(筑紫へ)流されなされたりなどした頃の衰退については、
かけても言ひ出でぬほどのいみじき 心ばせ なり けむ人の、
かけても=副詞、少しでも。「つゆ」の後に打消語(否定語)を伴って、「決して~ない・少しも~ない」となる重要語。ここでは「ぬ」が打消語
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
いみじき=シク活用の形容詞「いみじ」の連体形、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても
心ばせ=名詞、心づかい、気配り。性質
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
けむ=過去の婉曲の助動詞「けむ」の連体形、接続は連用形。基本的に「けむ」は文末に来ると「過去推量・過去の原因推量」、文中に来ると「過去の伝聞・過去の婉曲」。婉曲とは遠回しな表現。「~たような」と言った感じで訳す。
訳:「心づかいであった(ような)人」
少しも言葉に出さないほどのすばらしい心づかいであったような人だが、
はかばかしき よすがなどもなかりける に や。
はかばかしき=シク活用の形容詞「捗々し(はかばかし)」の連体形、思うように物事がはかどる様子、頼もしい、しっかりしている。きわだっている。
よすが=名詞、身を寄せるところ、ゆかり、縁者。頼りとするもの。便りとする手段
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
や=疑問の係助詞、結びは連体形となるはずだが、ここでは省略されている。「あらむ・侍らむ」などが省略されていると考えられる。
※今回のように係助詞の前に「に(断定の助動詞)」がついている時は「あり(ラ変動詞)」などが省略されている。場合によって敬語になったり、助動詞がついたりする。
「にや・にか」だと、「ある・侍る(「あり」の丁寧語)・あらむ・ありけむ」など
「にこそ」だと、「あれ・侍れ・あらめ・ありけめ」など
頼もしい縁者などもなかったのであろうか。
乳母の子なり ける者に具して、遥かなる田舎にまかりて住みけるに、
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。もう一つの「ける」も同様。
具し=サ変動詞「具す(ぐす)」の連用形、引き連れる、一緒に行く、伴う。持っている
まかり=ラ行四段動詞「まかる」の連用形、謙譲語。退出する。参る。
乳母の子であった者に連れ立って、(都から)遠い田舎に下って住んでいたが、
襖などいふもの干しに、外に出づとて、『昔の直衣姿こそ忘られね。』と独りごちけるを、
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
れ=可能の助動詞「る」の未然形、接続は未然形。「る」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。平安以前では下に打消が来て「可能」の意味で用いられることが多い。平安以前では「可能」の意味の時は下に「打消」が来るということだが、下に「打消」が来ているからといって「可能」だとは限らない。鎌倉以降は「る・らる」単体でも可能の意味で用いられるようになった。
ね=打消の助動詞「ず」の已然形、接続は未然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。
独りごち=タ行四段動詞「ひとりごつ」の連用形、独り言を言う、つぶやく
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
襖などというものを干しに、外に出ようとして、『昔(宮廷にいた頃)の直衣姿が忘れられない。』と独り言を言ったのを、
見侍り けれ ば、
侍り=補助動詞ラ変「侍り(はべり)」の連用形、丁寧語。言葉の受け手である聞き手を敬っている。話し手からの敬意。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
(ある人が)見ましたところ、
あやしの衣着て、つづりといふもの帽子にして侍り ける こそ、いとあはれなれ。
あやし=シク活用の形容詞「あやし(賤し)」の語幹、身分が低い。粗末だ、見苦しい。古文では貴族が中心であり貴族にとって庶民は別世界のあやしい者に見えたことから派生。形容詞の語幹+格助詞「の」=連体修飾語
侍り=補助動詞ラ変「侍り(はべり)」の連用形、丁寧語。言葉の受け手である聞き手を敬っている。話し手からの敬意。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
あはれなれ=ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の已然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。しみじみと思う、しみじみとした情趣がある。
粗末な衣を着て、布きれをつなぎ合わせたものを帽子にしておりましたのは、たいへん気の毒でありました。
まことに、いかに昔恋しかりけむ。」
いかに=副詞、どんなに、どう。どれほど。「いかに」の中には係助詞「か」が含まれていて係り結びが起こる。
けむ=過去推量の助動詞「けむ」の連体形、接続は連用形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。基本的に「けむ」は文末に来ると「過去推量・過去の原因推量」、文中に来ると「過去の伝聞・過去の婉曲」。
本当に、どれほど昔が恋しかったのでしょう。」
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問題はこちら無名草子『清少納言(清少納言と紫式部)』(2)問題