「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら源氏物語『桐壺(光源氏の誕生)』現代語訳(3)
母君は初めよりおしなべての上宮仕へし 給ふ べき 際 にはあらざり き。
おしなべて=副詞、すべて、一様に、ふつう、ありきたり
上宮仕へす=サ変動詞、常に天皇のそばにいて用事を勤めるめること
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の終止形、尊敬語。動作の主体である桐壷の更衣を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
べき=当然の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
際=名詞、①端、②時・場合、③家柄・身分、④境目、ここでは③家柄・身分
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
き=過去の助動詞「き」の終止形、接続は連用形
母君(=光源氏にとって母である桐壷の更衣)はもともと普通一般のおそば勤めをなさるはずの身分ではなかった。
おぼえいとやむごとなく、上衆めかしけれど、わりなく まつはさ せ 給ふあまりに、
おぼえ=名詞、評判、世評
やむごとなく=ク活用の形容詞「やむごとなし」の連用形、捨てておけない、格別だ、尊い
上衆めかしけれ=シク活用の形容詞「上衆めかし」の已然形、貴人らしいようすである、貴人らしく振舞う
わりなく=ク活用の形容詞「わりなし」の連用形、「理(ことわり)なし」と言う意味からきている。道理に合わない、分別がない、程度がひどい
まつはさ=サ行四段動詞「纏はす(まつはす)」の未然形、まといつかせる、絶えず傍に付き添わせる
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は「使役」と「尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ているため文脈判断する。直後の「給ふ」とともに動作の主体(まとはせる人)である桐壷帝を敬っている。二重敬語。
評判も格別で、貴人らしいようすであるけれど、分別なく(むやみやたらに)おそばに付き添わせなさる結果、
さるべき 御遊びの折々、何事にもゆゑある事のふしぶしには、先づまう上ら せ 給ふ。
べき=適当の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変は連体形)。直前の「さる」はラ変動詞「さり」の連体形であり、「さるべき」で「しかるべき」と言う訳になる。
御遊び=名詞、管弦や詩歌などの貴族にとっての娯楽
ゆゑ=名詞、趣、由緒
まう上ら=ラ行四段「参上る」の未然形、参上する。謙譲語。動作の対象(参上された人)である桐壷帝を敬っている。作者からの敬意。
せ=使役の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。直後に尊敬語がくると「尊敬」の意味になることが多いが、今回のように「使役」の意味になることもあるので、やはり文脈判断が必要である。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の終止形、尊敬語。動作の主体(参上させる人)である桐壷帝を敬っている。作者からの敬意。
しかるべき管弦や詩歌などのお遊びの時や、何事につけても趣のある催し事のあるたびに、まっさきに(桐壷の更衣を)参上させなさる。
ある時には大殿ごもり 過ぐして、やがて 候は せ 給ひなど、
大殿ごもり=ラ行四段動詞「大殿籠る」の連用形、「寝る」の最高敬語。おやすみになる
過ぐし=サ行四段動詞「過ぐす」の連用形、過ごす
やがて=副詞、すぐに。そのまま。
候は=ハ行四段動詞「候ふ(さぶらふ)」の未然形、謙譲語。お仕えする、(貴人の)お側にお仕えする。動作の対象である桐壷帝を敬っている。作者からの敬意。
※「候(さうらふ/さぶらふ)・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
せ=使役の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。直後に尊敬語が来ているので文脈判断である。ここでも「使役」の意味なので注意
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連用形、尊敬語。動作の主体(お仕えさせる人)である桐壷帝を敬っている。作者からの敬意。
ある時は、(桐壷帝が)お寝過ごしになって、そのままお仕えさせなさるなど、
あながちに 御前去らずもてなさ せ 給ひ しほどに、おのづから軽き方にも見えしを、
あながちに=ナリ活用の形容動詞「あながちなり(強ちなり)」の連用形、むりやりなさま
御前(おまえ)=名詞、意味は、「貴人」という人物を指すときと、「貴人のそば」という場所を表すときがある。ここでは、場所(帝のおそば)の意味で使われている。
もてなさ=サ行四段動詞「もてなす」の未然形、取り扱う、処置する、ふるまう
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。直後に尊敬語が来ているので助動詞の意味は文脈判断。動作の主体(そばを離れないよう取り扱っている人)である桐壷帝を敬っている。直後の「給ひ」も同様。二重敬語。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
おのづから=副詞、自然に、一人でに
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
むりやり(桐壷の更衣が帝の)おそばを離れないように扱いなさるうちに、自然と軽い身分の人のように見えたが、
この御子生まれ 給ひて後は、いと心異に 思ほし おきて たれ ば、
生まれ=ラ行下二段動詞「生まる」の連用形
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連用形、尊敬語。動作の主体(生まれた人)であるこの御子(=光源氏)を敬っている。作者からの敬意。
心異に=ナリ活用の形容動詞「心異なり」の連用形、(心構えや気配りが)格別である
思ほし=サ行四段動詞「思ほす(おぼほす)」の連用形、「思ふ」の尊敬語、お思いになる。動作の主体である桐壷帝を敬っている。作者からの敬意。
おきて=タ行下二段動詞「おきつ」の連用形、取りはからう、計画する、指図する
たれ=完了の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
この御子がお生まれになってから後は、たいそう格別に心を配り扱いなさったので、
坊にも、ようせずは、この御子のゐたまふべき な めり」と、一の皇子の女御は思し疑へり。
坊=名詞、東宮坊の略、「東宮、皇太子」
よう=ク活用の形容詞「よし」の連用形が音便化したもの
打消の助動詞「ず」の連用形 + は =仮定条件「もし~ならば」という意味になる。もう一つ同類のものとして、
形容詞の連用形「~く」 + は=仮定条件「もし~ならば」というものがある。なので、「~ずは」・「~くは」とあれば、仮定条件と言うことに気をつけるべき。この「は」は接続助詞「ば」が変化したものなので、「ば」のまま使われるときもある。
べき=当然の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
な=断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形。「なるめり」→「なんめり」(音便化)→「なめり」(無表記)と変化していった。
めり=推定の助動詞「めり」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。視覚的なこと(見たこと)を根拠にする推定の助動詞である。
り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形。直前の「疑へ」は四段の已然形
皇太子にも、わるくすると(≒もしかすると)、この御子がお就きになるのではないだろうか」と、第一皇子の母である女御(=弘徽殿の女御)は、お疑いになっている。
人より先に参り給ひて、やむごとなき御思ひなべて なら ず、御子たちなどもおはしませ ば、
人より先に参り給ひて=弘徽殿の女御が帝の他の后よりも先に、帝の后として入内したということ。
「参り」は謙譲語で動作の対象である桐壷帝を敬っている
「給ひ」は尊敬語で動作の主体である弘徽殿の女御を敬っている
やむごとなき=ク活用の形容詞「やんごとなし」の連体形、①捨ててはおけない、②格別だ、並々でない③高貴である、ここでは②並々ではない、格別だの意味だと思われる。
なべて(並べて)=副詞、一般に、すべて、並ひととおり、ふつう
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
おはしませ=サ行四段動詞「おはします」の已然形。「あり」の尊敬語、いらっしゃる、おられる。「おはす」より敬意が高い。動作の主体である御子たち(弘徽殿の女御の子供たち)を敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている
(この弘徽殿の女御は)他の后よりも先に(桐壷帝の后として)入内なさって、大切になさる気持ちも並ひととおりでなく、お子様たちもいらっしゃるので、
この御方の御いさめをのみぞ、なほ わづらはしう、心苦しう思ひ聞こえ させ 給ひ ける。
いさめ(諌め)=名詞、意見、忠告。ちなみに「いさめ(禁め)」だと、「禁制、戒め」の意味である。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
なほ=副詞、やはり
わづらはしう=シク活用の形容詞「わづらはし」の連用形が音便化したもの、面倒なさま、うるさい、やっかいだ
心苦しう=シク活用の形容詞「心苦し」の連用形が音便化したもの、心苦しい、つらい、気の毒だ
聞こえ=ヤ行下二の補助動詞「聞こゆ」の未然形、謙譲語。~し申し上げる、お~する。動作の対象(気の毒に思われる人)である弘徽殿の女御を敬っている。作者からの敬意。
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。直後に尊敬語が来ているため「使役」か「尊敬」かは文脈判断。ここは「尊敬」の意味であり、直後の「給ひ」とともに動作の主体(気の毒に思う人)である桐壷帝を敬っている
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び
この女御のご苦情だけは、やはり面倒に、(しかし、)気の毒にもお思い申し上げていた。
かしこき 御蔭をば頼み 聞こえ ながら、おとしめ、きずを求め給ふ人は多く、
かしこき=ク活用の形容詞「畏し(かしこし)」の連体形、恐れ多い、恐れ多いほど尊い
御蔭=名詞、かばってくれる人、庇護、恩恵。
頼み=マ行四段動詞「頼む」の連用形、頼みに思う、あてにする
聞こえ=補助動詞ヤ行下二「聞こゆ」の連用形、謙譲語。動作の対象(頼みに思われる人)である桐壷帝を敬っている
ながら=接続助詞、次の③の意味で使われている。
①そのままの状態「~のままで」例:「昔ながら」昔のままで
②並行「~しながら・~しつつ」例:「歩きながら」
③逆接「~でも・~けれども」 例:「敵ながら素晴らしい」
④そのまま全部「~中・~全部」例:「一年ながら」一年中
おとしめ=マ行下二段動詞「貶む(おとしむ)」の連用形、見下げる、さげすむ、軽蔑する
きず=名詞、ものの壊れたところ、(人の)欠点、あら
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語。動作の主体である欠点を探しなさる人(その他の女御・更衣のこと)を敬っている。作者からの敬意。
(桐壷の更衣は)恐れ多い(桐壷帝の)庇護を頼みに思い申し上げているけれども、(桐壷の更衣を)さげすみ、欠点を探しなさる人は多く、
わが身はか弱く、ものはかなきありさまにて、なかなかなる もの思ひをぞ し 給ふ。
ものはかなき=ク活用の形容詞「ものはかなし」の連体形、どことなく頼りない。「もの」は接頭語であり、「なんとなく」と言った意味が加わる。
なかなかなる=ナリ活用の形容動詞「中中なり(なかなかなり)」の連体形、中途半端なさま、かえって~(しない方がよい)。ここでの意味は、「かえって桐壷帝の寵愛をいただかない方がよい」という感じである。
もの思ひ=名詞、思い悩むこと、心配
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
し=サ変動詞「す」の連用形
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。動作の主体(思い悩むことをしている人)である桐壷の更衣を敬っている。作者からの敬意。
(桐壷の更衣)自身の体は弱々しく、なんとなく頼りないありさまで、かえって(帝のご寵愛をいただかない方が良いといった)思い悩みをしなさる。
御局は桐壺 なり。
御局=名詞、宮中にある個人の部屋。宮中=天皇とその家族の住む場所。普段、天皇自身はその中の清涼殿にいる。
桐壷=名詞、桐が壺(中庭)に植えてある部屋
なり=断定の助動詞「なり」の終止形
(桐壷の更衣の)お部屋は桐壷である。