「黒=原文」・「青=現代語訳」
解説・品詞分解はこちら源氏物語『桐壺(光源氏の誕生)』解説・品詞分解(3)
母君は初めよりおしなべての上宮仕へし給ふべき際にはあらざりき。
母君(=光源氏にとって母である桐壷の更衣)はもともと普通一般のおそば勤めをなさるはずの身分ではなかった。
おぼえいとやむごとなく、上衆めかしけれど、わりなくまつはさせ給ふあまりに、
評判も格別で、貴人らしいようすであるけれど、分別なく(むやみやたらに)おそばに付き添わせなさる結果、
さるべき御遊びの折々、何事にもゆゑある事のふしぶしには、先づまう上らせ給ふ。
しかるべき管弦や詩歌などのお遊びの時や、何事につけても趣のある催し事のあるたびに、まっさきに(桐壷の更衣を)参上させなさる。
ある時には大殿ごもり過ぐして、やがて候はせ給ひなど、
ある時は、(桐壷帝が)お寝過ごしになって、そのままお仕えさせなさるなど、
あながちに御前去らずもてなさせ給ひしほどに、おのづから軽き方にも見えしを、
むりやり(桐壷の更衣が帝の)おそばを離れないように扱いなさるうちに、自然と軽い身分の人のように見えたが、
この御子生まれ給ひて後は、いと心異に思ほしおきてたれば、
この御子がお生まれになってから後は、たいそう格別に心を配り扱いなさったので、
坊にも、ようせずは、この御子のゐたまふべきなめり」と、一の皇子の女御は思し疑へり。
皇太子にも、わるくすると(≒もしかすると)、この御子がお就きになるのではないだろうか」と、第一皇子の母である女御(=弘徽殿の女御)は、お疑いになっている。
人より先に参り給ひて、やむごとなき御思ひなべてならず、御子たちなどもおはしませば、
(この弘徽殿の女御は)他の后よりも先に(桐壷帝の后として)入内なさって、大切になさる気持ちも並ひととおりでなく、お子様たちもいらっしゃるので、
この御方の御いさめをのみぞ、なほわづらはしう、心苦しう思ひ聞こえさせ給ひける。
この女御のご苦情だけは、やはり面倒に、(しかし、)気の毒にもお思い申し上げていた。
かしこき御蔭をば頼み聞こえながら、おとしめ、きずを求め給ふ人は多く、
(桐壷の更衣は)恐れ多い(桐壷帝の)庇護を頼みに思い申し上げているけれども、(桐壷の更衣を)さげすみ、欠点を探しなさる人は多く、
わが身はか弱く、ものはかなきありさまにて、なかなかなるもの思ひをぞし給ふ。
(桐壷の更衣)自身の体は弱々しく、なんとなく頼りないありさまで、かえって(帝のご寵愛をいただかない方が良いといった)思い悩みをしなさる。
御局は桐壺なり。
(桐壷の更衣の)お部屋は桐壷である。