堤中納言物語(つつみちゅうなごんものがたり)…約10編ほどで構成されている短編物語集。
「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら堤中納言物語『虫めづる姫君』(1)(2)現代語訳
蝶めづる姫君の住みたまふ傍らに、按察使(あぜち)の大納言の御むすめ、心にくく なべて なら ぬさまに、
めづる=ダ行下二段動詞「めづ(愛づ・賞づ)」の連体形、好む、かわいがる。ほめる、賞賛する
たまふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語。動作の主体である蝶めづる姫君を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
心にくく=ク活用の形容詞「心にくし」の連用形、心惹かれる、奥ゆかしい、上品である
なべて(並べて)=副詞、一般に、すべて。並ひととおり、ふつう
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
蝶をかわいがる姫君が住んでいらっしゃる(家の)そばに、按察使の大納言の娘様(が住んでおられるが、そのお方は)、奥ゆかしく、並々でない様子であって、
親たちかしづき たまふこと限りなし。
かしづき=カ行四段動詞「かしづく」の連用形、大切に育てる、大切に世話する
たまふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語。動作の主体である親たちを敬っている。作者からの敬意。
両親が大切に育てていらっしゃることはこの上ない。
この姫君ののたまふこと、「人々の、花、蝶やとめづるこそ、はかなく あやしけれ。
のたまふ=ハ行四段動詞「のたまふ(宣ふ)」の連体形。「言ふ」の尊敬語。おっしゃる。動作の主体である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
はかなし=ク活用の形容詞「はかなし」の連用形、取るに足りない、つまらない。頼りない、むなしい。ちょっとした
あやしけれ=シク活用の形容詞「あやし」の已然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。不思議だ、変だ。身分が低い、卑しい。見苦しい、みすぼらしい
この姫君がおっしゃることには、「人々が、花や蝶やとかわいがるのは、あさはかで不思議なことです。
※この姫君=按察使の大納言の御娘である虫めづる姫君のこと
人は、まことあり、本地たづねたる こそ、心ばへ をかしけれ。」とて、
本地=名詞、本来の姿、本体。本性、本質
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
心ばへ=名詞、心の様子、心づかい。趣向、趣。趣意、意味
をかしけれ=シク活用の形容詞「をかし」の已然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。趣深い、趣がある、風情がある。素晴らしい。かわいらしい。こっけいだ、おかしい。カ行四段動詞「招(を)く」が形容詞化したもので「招き寄せたい」という意味が元になっている。
人には、誠実な心があり、本質を探究してこそ、心の様子も趣があるのです。」と言って、
よろづの虫の、恐ろしげなるを取り集めて、「これが、なら むさまを見む」とて、
の=格助詞、用法は同格。「で」に置き換えて訳すと良い。「よろづの虫の、恐ろしげなるを」→「いろいろな虫で、恐ろしそうな虫を」
なら=ラ行四段動詞「成る」の未然形
む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。直後に体言があると婉曲になりがち。この「む」を推量や仮定の意味ととらえる先生もいる。
訳:「成長して変化する(ような)様子」
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
いろいろな虫で、恐ろしそうなのを取り集めて、「これが成長して変化する様子を見よう。」と言って、
さまざまなる籠箱どもに入れさせ たまふ。
させ=使役の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。「す・さす」には、「使役と尊敬」の二つの意味がある。直後に尊敬語がくると「尊敬」の意味になることが多いが、今回のように「使役」の意味になることもあるので、やはり文脈判断が必要である。直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
たまふ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の終止形、尊敬語。動作の主体(虫かごに入れさせる人)である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意。
さまざまな虫かごに入れさせなさる。
中にも「烏毛虫(かはむし)の、心深きさまし たる こそ 心にくけれ」とて、
心深き=ク活用の形容詞「心深し」の連体形、趣がある、意味が深い。思慮が深い、思いやりが深い
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
心にくけれ=ク活用の形容詞「心にくし」の已然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。心惹かれる、奥ゆかしい、上品である
中でも、「毛虫が趣深い様子をしているのは奥ゆかしい。」と言って、
明け暮れは、耳はさみをして、手のうらにそへふせて、まぼり たまふ。
まぼり=ラ行四段動詞「まぼる(守る)」の連用形、見守る、じっと見る、見つめる。守る。「まもる(ラ行四段)」も同様の意味である。
たまふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の終止形、尊敬語。動作の主体である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意。
開けても暮れても、額髪を耳の後ろにはさんで、手のひらの上にはわせて、じっと見つめていらっしゃる。
※身分の低い女性は下働きをするので、邪魔になる前髪を耳に挟んでいた。貴族の娘である姫君に似つかわしくない格好である。
若き人々はおぢ惑ひけれ ば、男の童の、ものおぢせず、いふかひなきを召し寄せて、
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
の=格助詞、用法は同格。「で」に置き換えて訳すと良い。「男の童の、ものおぢせず、いふかひなきを」→「男の子の召使で、物怖じしない、身分の低い者を」
いふかいなし=身分が低い、卑しい、つまらない、情けない。言ってもかいがない、言っても仕方がない。「言ふ(ハ行四段動詞連体形)/甲斐(名詞)/無き(ク活用形容詞連体形)」
若い女房達は、怖がってうろたえたので、男の子の召使で、物怖じしない、身分の低い者を近くに呼び寄せて、
箱の虫どもを取らせ、名を問ひ聞き、いま新しきには名をつけて、興じ たまふ。
せ=使役の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
興じ=サ変動詞「興ず」の連用形、面白がる、興じる。「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。例:「音す」、「愛す」、「心す」、「御覧ず」
たまふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の終止形、尊敬語。動作の主体である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意。
箱の虫たちを取らせ、虫の名を問い聞き、新たに初めて見る虫には名前をつけて、面白がりなさる。
「人はすべて、つくろふところあるはわろし。」とて、眉さらに抜きたまは ず、
わろし=ク活用の形容詞「悪し」の終止形。良くない、好ましくない。「よし>よろし≧普通≧わろし>あし」みたいなイメージ。
さらに=下に打消し語を伴って、「まったく~ない、決して~ない」。ここでは「ず」が打消語
たまは=補助動詞ハ行四段「給ふ」の未然形、尊敬語。動作の主体である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
「人はみな全て、取り繕う所があるのはよくない。」と言って、眉毛を全くお抜きにならず、
歯黒めさらに「うるさし、汚し。」とて、つけたまはず、
さらに=下に打消し語を伴って、「まったく~ない、決して~ない」。ここでは「ず」が打消語
うるさし=ク活用の形容詞「うるさし」の終止形、わずらわしい、面倒だ。いやだ、いとわしい
たまは=補助動詞ハ行四段「給ふ」の未然形、尊敬語。動作の主体である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意。
お歯黒も、「わずらわしい、汚い。」と言って、いっこうにおつけにならず、
いと白らかに笑みつつ、この虫どもを、朝夕に愛したまふ。
つつ=接続助詞、①反復「~しては~」②継続「~し続けて」③並行「~しながら」④(和歌で)詠嘆、ここでは③並行「~しながら」の意味。
たまふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の終止形、尊敬語。動作の主体である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意。
たいそう白い歯を見せて笑いながら、この虫たちを、朝夕かわいがりなさる。
人々おぢわびて逃ぐれば、その御方は、いとあやしく なむ ののしり ける。
逃ぐれ=ガ行下二動詞「逃ぐ」の已然形
あやしく=シク活用の形容詞「あやし」の連用形。不思議だ、変だ。身分が低い、卑しい。見苦しい、みすぼらしい
なむ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
ののしり=ラ行四段動詞「ののしる」の連用形、大声で騒ぐ、大騒ぎする
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「なむ」を受けて連体形となっている。
(姫君にお仕えしている)人々が怖がりうろたえて逃げると、姫君は、たいそう異様な様子で大声を立てて叱るのだった。
かくおづる人をば、「けしからず、はうぞくなり。」とて、
斯く(かく)=副詞、このように、こう
ば=強調の係助詞。強調する意味があるが、訳す際に無視しても構わない。
けしからず=悪い、感心しない。不思議だ、怪しい。「けしから(シク活用形容詞未然形)/ず(打消の助動詞連用形)」なので「怪しくない」などの意味となりそうだが違うので注意。
はうぞくなり=ナリ活用の形容動詞「放俗なり」の終止形、俗悪だ、下品だ、ぶしつけだ、行儀が悪い
このように怖がる人を、「感心しない、下品だ。」と言って、
いと眉黒にてなむ睨みたまひ けるに、いとど心地惑ひける。
なむ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
たまひ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連用形、尊敬語。動作の主体である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
いとど=副詞、いよいよ、ますます。その上さらに
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「なむ」を受けて連体形となっている。係り結び。
たいそう黒い眉でにらみなさったので、ますますうろたえるのだった。
続きはこちら堤中納言物語『虫めづる姫君』(2)解説・品詞分解
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