「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら平家物語『木曾の最期』(3)現代語訳
今井四郎ただ一騎、五十騎ばかりが中へ駆け入り、鐙踏んばり立ち上がり、大音声あげて名のりけるは、
ばかり=副助詞、(程度)~ほど・ぐらい。(限定)~だけ。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
今井四郎はたったの一騎で、五十騎ほどの敵の中へ駆け入り、(重たい)鎧を踏ん張って立ち上がり、大声をあげて名のったことには、
「日ごろは音にも聞き つ らん、今は目にも見たまへ。
音に(も)聞く=うわさに聞く。有名である。
つ=強意の助動詞「つ」の終止形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる。
らん(らむ)=現在推量の助動詞「らむ」の終止形が音便化したもの、接続は終止形(ラ変なら連体形)。基本的に「らむ」は文末に来ると「現在推量・現在の原因推量」、文中に来ると「現在の伝聞・現在の婉曲」
たまへ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の命令形、尊敬語
「ふだんはうわさでも聞いていたであろう、今は(自分の)目で見なされ、
木曾殿の御乳母子、今井四郎兼平、生年三十三にまかりなる。
まかりなる=ラ行四段動詞「まかりなる」の終止形。「成る」の謙譲語
木曽殿の御乳母子、今井四郎兼平、年は三十三になり申す。
さる者ありとは鎌倉殿までも知ろし召さ れ たる らん ぞ。兼平討つて見参に入れよ。」とて、
さる(然る)=連体詞、そのような、そういう。しかるべき、もっともな、当然の
知ろし召さ=サ行四段動詞「知ろし召す(しろしめす)」の未然形、尊敬語。理解なさる、知っていらっしゃる。お治めになる。動作の主体である源頼朝を敬っている。今井四郎兼平からの敬意。
れ=尊敬の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。直前の「知ろし召さ」と合わせて二重敬語。
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
らん(らむ)=現在推量の助動詞「らむ」の連体形が音便化したもの、接続は終止形(ラ変なら連体形)。基本的に「らむ」は文末に来ると「現在推量・現在の原因推量」、文中に来ると「現在の伝聞・現在の婉曲」
ぞ=強調の係助詞
そういう者がいるということは、鎌倉殿(=頼朝)までもご存じであろうぞ。(この)兼平を討ち取って(首を鎌倉殿の)お目にかけよ。」と言って、
射残したる八筋の矢を、差しつめ引きつめ、さんざんに射る。死生は知らず、やにはに敵八騎射落とす。
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
やにはに=副詞、即座に、たちまち
射残した八本の矢を、とにかく矢を弓につがえて、次々に射る。生死は分からないが、たちまちに敵を八騎射落とした。
その後打ち物抜いて、あれに馳せ合ひ、これに馳せ合ひ、切つて回るに、面を合はする者ぞ なき。分捕りあまた し たり けり。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
なき=ク活用の形容詞「無し」の連体形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。
あまた(数多)=副詞、たくさん、大勢
し=サ変動詞「す」の連用形
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
その後は刀を抜いて、あちらに馬を走らせて戦い、こちらに馬を走らせて戦い、切って回るが、面と向かって相手になる者はいない。敵の首を取ることたくさんした。
ただ、「射取れや。」とて、中に取りこめ、雨の降るやうに射けれ ども、
や=間投助詞
やうに=比況の助動詞「やうなり」の連用形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
(敵は)ただ、「射殺せよ。」と言って、(兼平を)中に取り囲んで、雨が降るように射たけれど、
鎧よけれ ば裏かかず、あき間を射ね ば手も負はず。
よけれ=ク活用の形容詞「良し」の已然形。良い。「よし>よろし≧普通≧わろし>あし」みたいなイメージ。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形。もう一つの「ず」も同じ。
ね=打消の助動詞「ず」の已然形、接続は未然形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
鎧がよいので(矢が)鎧の裏まで通らず、(鎧の)すきまを射ないので、(兼平は)傷も負わない。
木曾殿はただ一騎、粟津の松原へ駆けたまふが、正月二十一日、入相ばかりのことなるに、薄氷張つたり けり。
たまふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である木曾義仲を敬っている。作者からの敬意。
ばかり=副助詞、(程度)~ほど・ぐらい。(限定)~だけ。
なる=断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形
たり=存続の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
木曽殿はたったの一騎で、粟津の松原へ馬を走らせなさるが、一月二十一日の、夕暮れ時のことであるうえに、(田の表面に)薄氷が張っていた。
深田ありとも知らずして、馬をざつと打ち入れたれ ば、馬の頭も見えざり けり。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
たれ=完了の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
底の深い田があるとも知らずに、馬をさっと乗り入れたので、(沈み込んで)馬の頭も見えなくなった。
あふれ どもあふれども、打てども打てども働かず。
あふれ=ラ行四段動詞「煽る(あふる)」の已然形、馬の腹を蹴る。あおる、おだてる。
ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
いくら馬の腹を蹴ってあおっても、どんなにむちで打っても(馬は)動かない。
今井が行方のおぼつかなさに、振り仰ぎたまへ る内甲を、三浦の石田次郎為久、追つかかつて、よつ引いて、ひやうふつと射る。
たまへ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である木曾義仲を敬っている。作者からの敬意。
る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
射る=ヤ行上一段動詞「射る」の終止形。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」
(木曽殿は)今井の行方が気がかりで、振り向き見上げなさった甲の内側を、三浦の石田次郎為久が、追いついて、弓をよく引いて、ひゅうふっと射た。
痛手なれ ば、真甲を馬の頭に当ててうつぶしたまへ るところに、石田が郎等二人落ち合うて、つひに木曾殿の首をば取つてん げり。
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
たまへ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である木曾義仲を敬っている。作者からの敬意。
る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
てん=完了の助動詞「つ」の連用形が音便化したもの、接続は連用形
げり=過去の助動詞「けり」の終止形が濁ったもの、接続は連用形
深い傷なので、甲の正面を馬の頭に当ててうつ伏しなさったところに、石田の家来が二人来合せて、ついに木曽殿の首を取ってしまった。
太刀の先に貫き、高くさし上げ、大音声をあげて、
(首を)太刀の先に貫いて、高くさし上げ、大声をあげて、
「この日ごろ日本国に聞こえさせ たまひ つる木曾殿を、三浦の石田次郎為久が討ち奉り たる ぞ や。」と名のりけれ ば、
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である木曽義仲を敬っている。石田次郎為久からの敬意。
たまひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
奉り=補助動詞ラ行四段「奉る(たてまつる)」の連用形、謙譲語。動作の対象である木曽義仲を敬っている。石田次郎為久からの敬意。
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
ぞ=強調の係助詞
や=間投助詞
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
「このごろ日本国に名声が知れわたっていらっしゃった木曽殿を、三浦の石田次郎為久が討ち取り申し上げたぞ。」と名のったので、
今井四郎、いくさしけるが、これを聞き、「今は誰をかばはんとてか、いくさをもすべき。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
ん(む)=意志の助動詞「む」の終止形が音便化したもの、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
か=反語・疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
べき=当然の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
今井四郎は、戦っていたが、これを聞き、「今となっては誰をかばおうとして、いくさをする必要があろうか。(いや、ない。)
これを見たまへ、東国の殿ばら、日本一の剛の者の自害する手本。」とて、
たまへ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の命令形、尊敬語。
これをご覧なされ、東国のかたがた、日本一の強者が自害する手本だぞ。」と言って、
太刀の先を口に含み、馬よりさかさまに飛び落ち、貫かつてぞ失せに ける。
より=格助詞、(起点)~から。(手段・用法)~で。(経過点)~を通って。(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。
太刀の先を口に含み、馬から逆さまに飛び落ち、(自ら首を)貫いて死んでしまった。
さて こそ粟津のいくさはなかり けれ。
さて=接続詞、(話題を変えるときに、文頭において)さて、そして、ところで、それで
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
なかり=ク活用の形容詞「無し」の連用形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。
そうして粟津のいくさは終わった。