「黒=原文」・「青=現代語訳」
解説・品詞分解はこちら伊勢物語『筒井筒』解説・品詞分解(3)
まれまれかの高安に来てみれば、
ごくまれに、例の高安(の女の所)に来て見ると、
初めこそ心にくくもつくりけれ、
初めの頃は奥ゆかしくとりつくろっていたが、
今はうちとけて、手づからいひがひ取りて、笥子のうつはものに盛りけるを見て、心憂がりて行かずなりにけり。
今はすっかり気を許して、自らの手でしゃもじを取って食器に盛っていたのを見て、嫌気がして行かなくなってしまった。
※いひがひ(飯匙)=しゃもじ。 ※笥子=飯を盛る食器
さりければ、かの女、大和の方を見やりて、
そうなったので、その女は大和の国の方を見て、
君があたり 見つつを居らむ 生駒山 雲な隠しそ 雨は降るとも
あなたのいらっしゃる辺りを眺めながら暮らしましょう。あの生駒山を、雲よ隠さないでおくれ。たとえ雨が降っていようとも。
と言ひて見いだすに、からうじて、大和人「来む。」と言へり。
と言って外を眺めていると、やっとのことで、大和の男は「(あなたの所へ)来よう」と言った。
喜びて待つに、たびたび過ぎぬれば、
(高安の女は)喜んで待っていたが、その度ごとに(男は来なくてむなしく時が)過ぎてしまったので、
君来むと 言ひし夜ごとに 過ぎぬれば 頼まぬものの 恋ひつつぞ経る
あなたが来ようと言った夜が(あなたが来ることもなく)毎度過ぎてしまったので、(私はもうあなたを)頼みに思っていませんが、(それでもまだあなたを)恋しく思いながら暮らしております。
と言ひけれど、男住まずなりにけり。
と歌を詠んだけれど、男は通って来なくなってしまった。