「黒=原文」・「青=現代語訳」
解説・品詞分解はこちら枕草子『頭の弁の、職に参りたまひて』解説・品詞分解(1)
頭の弁の、職に参り給ひて、物語などし給ひしに、
頭の弁(=藤原行成)が、職の御曹司に参上なさって、お話などしていらっしゃった時に、
職=名詞、職の御曹司。ここでは中宮定子の日常の居所の事を意味している。
「夜いたうふけぬ。明日御物忌みなるに、こもるべければ、
(頭の弁が、)「夜もたいそう更けた。明日は天皇の物忌なので、(宮中に)こもらなければならないから、
丑になりなば、あしかりなむ。」
丑の刻(=午前二時ごろ)になってしまったら、(日付が変わって)よくないだろう。」
とて、参り給ひぬ。
と言って、(宮中へ)参内なさった。
つとめて、蔵人所の紙屋紙ひき重ねて、
翌朝、蔵人所の紙屋紙を折り重ねて、
※蔵人所=名詞、蔵人(=現代でいう秘書)の詰所
「今日は、残り多かる心地なむする。
(頭の弁が、)「今日は、心残りが多い気することです。
夜を通して、昔物語も聞こえ明かさむとせしを、鶏の声に催されてなむ。」
夜を通して、昔話も申し上げて夜を明かそうとしたのだが、鶏の声に催促されて(帰ってしまいました)。」
と、いみじう言多く書き給へる、いとめでたし。
と、たいそう多くのことをお書きになっているのは、実にみごとだ。
御返りに、「いと夜深く侍りける鳥の声は、孟嘗君のにや。」と聞こえたれば、
ご返事に、(私が、)「たいそう夜深くに(鳴いて)ございました鶏の声は、孟嘗君の(食客による偽鶏の鳴きまねの)ことでしょうか。」と申し上げたところ、
参照:鶏鳴狗盗
たちかへり、「孟嘗君の鶏は、函谷関を開きて、三千の客わづかに去れり、とあれども、これは逢坂の関なり。」とあれば、
折り返し、(頭の弁から、)「孟嘗君の鶏は、函谷関を開いて、三千人の食客がかろうじて逃げ去った、と(漢籍に)あるけれども、これは(同じ関でも、愛し合う男女が逢うという方の)逢坂の関のことです。」とあるので、
「夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも 世に逢坂の 関はゆるさじ
(私は、)「夜が明けないうちに、鶏の鳴きまねでだまそうとしても、(函谷関の関守ならばともかく、)この逢坂の関は、けっして許すことはないでしょう。
※私(=清少納言)はあなた(=頭の弁)にだまされて身を許すようなことはないという意味が含まれている。
心かしこき関守侍り。」と聞こゆ。
利口な関守がおります。」と申し上げる。
またたちかへり、「逢坂は 人越えやすき 関なれば、 鳥鳴かぬにも あけて待つとか。」とありし文どもを、
また折り返し、(頭の弁が、)「逢坂は人が越えやすい関なので、鶏が鳴かなくても関の戸を開けて待つとか(いうことです)。」と書いてあった手紙を、
※あなた(=清少納言)は容易に人に逢うという噂だよと言ってからかう意味が含まれている。
はじめのは僧都の君いみじう額をさへつきて、取り給ひてき。
初めの手紙は僧都の君がたいそう額をついてまでも、お取りになってしまった。
※頭の弁は書の達人であったので、彼の書いた手紙を欲しがったという事。
後々のは、御前に。
後の手紙は中宮様のところに。
さて、逢坂の歌はへされて、返しもえせずなりにき。いとわろし。
ところで、逢坂(=逢坂は人超えやすき~)の歌は圧倒されて、返歌もできなくなってしまった。たいそうよろしくない。
続きはこちら枕草子『頭の弁の、職に参りたまひて』現代語訳(2)