「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら徒然草『主ある家には』現代語訳
主ある家には、すずろなる人、心のままに入り来る事なし。
来る(くる)=カ変動詞「来(く)」の連体形
すずろなる=ナリ活用の形容動詞「すずろなり」の連体形、何の関係もないさま。なんとなく、わけもなく。むやみやたらである。意に反して、意に関係なく。
主人のいる家には、何の関係もない人が、勝手に入って来ることはない。
あるじなき所には、道行き人みだりに立ち入り、きつね・ふくろふやうの物も、人気にせか れ ね ば、
せか=カ行四段動詞「塞く・堰く(せく)」の未然形、防ぐ。せき止める。
れ=受身の助動詞「る」の未然形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
ね=打消の助動詞「ず」の已然形、接続は未然形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
主人のいない所には、道行く人がむやみに立ち入ったり、きつねやふくろうのようなものも、人の気配に妨げられないので、
所得顔に入り棲み、木霊など云ふ、けしからぬ形も現るる なり。
所得顔=名詞、得意顔
所得(ところう)=ア行下二段動詞、よい地位を得る。得意そうにする、わがもの顔をする。
けしからぬ=不思議だ、怪しい。悪い、感心しない。「けしから(シク活用形容詞・未然形)/ぬ(打消の助動詞・連体形)」なので「怪しくない」などの意味となりそうだが違うので注意。
現るる=ラ行下二段動詞「現る」の連体形
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
得意顔で入って住みつき、木の精霊などという、奇妙な形のものも現れるものである。
また、鏡には、色・かたちなき故に、よろづの影来たりて映る。
かたち=名詞、名詞、姿、容貌、外形、顔つき
(万)よろづ=名詞、すべてのこと、あらゆること。
故(ゆゑ)=名詞、原因、理由。風情、趣。由来、由緒。
来たり=ラ行四段動詞「来たる」の連用形
また、鏡には、色・形がないために、あらゆるものの影がやって来て映る。
鏡に色・かたちあら ましか ば、映らざら まし。
あら=ラ変動詞「あり」の未然形
ましか=反実仮想の助動詞「まし」の未然形、接続は未然形。事実とは反する仮定(仮想)を表す。「ましかば~まし。」あるいは「せば~まし。(「せ」は過去の助動詞「き」の未然形)」という形で反実仮想として使われる。「もし~ならば、~だろうに。」
ば=接続助詞、直前に未然形がくると④仮定条件の意味であるが、ここは反実仮想。直前が已然形だと①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれか。
ざら=打消の助動詞「ず」の未然形、接続は未然形
もし鏡に色・形があったとしたら、(なにも)映らないだろうに。
虚空よく物を入る。われらが心に念々の欲しきままに来たり浮かぶも、心といふもののなきに や あら む。
入る=ラ行下二段動詞「入る」の終止形。入れる。
※四段活用と下二段活用の両方になる動詞があり、四段だと「入る」という普通の意味だが、下二段になると「使役」の意味が加わり、「(~を)入れる」という意味になる。
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
あら=ラ変動詞「あり」の未然形
む=推量の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
何もない空間は、物を入れることができる。我々の心に、さまざまな雑念が思うままにやって来て浮かぶのも、心というもの(に実体)がないからであろうか。
心に主あら ましか ば、胸の中に、そこばくの事は入り来たらざら まし。
あら=ラ変動詞「あり」の未然形
ましか=反実仮想の助動詞「まし」の未然形、接続は未然形。事実とは反する仮定(仮想)を表す。「ましかば~まし。」あるいは「せば~まし。(「せ」は過去の助動詞「き」の未然形)」という形で反実仮想として使われる。「もし~ならば、~だろうに。」
ば=接続助詞、直前に未然形がくると④仮定条件の意味であるが、ここは反実仮想。
ざら=打消の助動詞「ず」の未然形、接続は未然形
心に主人がいるならば、胸のうちに、いろいろなこと(=雑念)は入って来ないだろう。
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