目次
あらすじ
昔、ある男が、長年求婚し続けてきた女を盗み連れ出して逃げた。夜も更け、雨もひどくなったので、見つけた蔵に、女を入れて、戸口で番をしていたが、雷の音に紛れて鬼に女を食われてしまった。夜明けに女がいないことに気づき、悲しんで歌を詠んだ。
本文と解説
「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」という色分けをしています。
原文・解説・現代語訳
むかし、男ありけり。女の え 得 まじかり けるを、
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続(直前に来る活用形)は連用形
の=格助詞、用法は同格。「で」に置き換えて訳すと良い。「女のえ得まじかりけるを」→「女で自分の物にできそうになかった女を、」
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない。」
得(う)=ア行下二段動詞「得(う)」の終止形。ア行下二段活用の動詞は「得(う)」・「心得(こころう)」・「所得(ところう)」の3つしかないと思ってよいので、大学受験に向けて覚えておくとよい。
まじかり=打消推量の助動詞「まじ」の連用形、接続は終止形(ラ変は連体形)。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
昔、ある男がいた。女で自分のものに出来そうもなかった(高貴な身分の)女を、
年を経てよばひわたり けるを、
経(へ)=ハ行下二動詞「経(ふ)」の連用形、(時間が)経つ、過ぎる
よばひわたり=ラ行四段動詞「よばひわたる」の連用形、求婚し続ける。「よばふ」と「わたる」がくっついて一つの動詞になったもの。
よばふ=呼び続ける、求婚する。(古典において、当時は女性の名を呼ぶことはプロポーズであった。よって、名前を呼び続ける=求婚するという意味で用いられるようになった。)「よぶ(バ行四段動詞)+ふ(継続の助動詞)」で「よばふ」と言う言葉が生まれた。「ふ」は奈良時代の助動詞。
わたる=動作の継続を表す補助動詞。ラ行四段。~しつづける
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
長年求婚し続けていたが、
からうじて盗み出でて、いと暗きに来 に けり。
からうじて=副詞、かろうじて、やっとのことで。「辛くして」が音便化したもの
暗き=ク活用の形容詞「暗し」の連体形。直後に体言である「夜・時」などが省略されているために連体形(体言に連なる形)となっている
来(き)=カ変動詞「来(く)」の連用形。直後に接続が連用形である助動詞「に」が来ているため、連用形となり、「来(き)」と読む。
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
やっとのことで盗み出して、たいそう暗い夜に(連れ出して)逃げて来た。
芥川といふ川を率て行きけれ ば、草の上に置きたり ける露を、
率(ゐ)=ワ行上一動詞「率る(ゐる)」の連用形。率(ひき)いる、引き連れていく。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」と覚える。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
たり=存続の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
芥川という川のほとりを引き連れて行ったところ、(女は)草の上に降りていた露を見て、
「かれは何ぞ」となむ男に問ひける。
ぞ=係助詞、ここでは問いかけを表している。
なむ=強調の係助詞、結び(=文末)は連体形となる。係り結び。係り結びとなる係助詞は「ぞ・なむ・や・か・こそ」とあるが、結びが連体形となるのは「ぞ・なむ・や・か」で、結びが已然形となるのは「こそ」。「ぞ・なむ・こそ」は強調の意味である時がほとんどで、訳す際には無視して訳す感じになる。「となむ男に問ひける。」→「と男に問ひけり。」と、直して訳すとよい。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「なむ」を受けて連体形となっている。係り結び
「あれは何ですか。」と男に尋ねた。
行く先多く、夜もふけ に けれ ば、鬼ある所とも知らで、
ふけ=カ行下二段動詞「更く(ふく)」の連用形
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
で=打消の接続助詞、接続(=直前に来る活用形)は未然形。「ず(打消しの助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
(これから)行く先の道は遠く、夜も更けてしまったので、鬼の住む場所とも知らないで、
神 さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りけれ ば、
神=名詞、ここでは雷の意味。ほかに、神、天皇、恐ろしいもの
さへ=副助詞、~までも。 「だに」「すら」は「さえ」、「さへ」は「までも」と訳すと覚えてしまおう。
いみじう=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形が音便化したもの。良い意味でも悪い意味でも程度がひどい。すばらしい、ひどい
いたう=ク活用の形容詞「甚し(いたし)」の連用形が音便化したもの、(良い意味でも悪い意味でも)程度がひどい
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
雷までもたいそうひどく鳴り、雨もひどく降ってきたので、
あばらなる倉に、女をば奥におし入れて、男、弓、胡籙を負ひて戸口に居り。
あばらなる=ナリ活用の形容動詞「荒らなり(あばらなり)」の連体形、荒れ果てているさま。隙間の多いさま。
ば=強調の係助詞、意味が「強調」なので訳す際は無視してよい。
胡籙(やなぐひ)=名詞、矢を入れて背中に負う武具
居り(をり)=ラ変動詞「居り(をり)」の終止形。いる、存在する。座っている。ラ行変格活用の動詞は「あり」「居り(をり)」「侍り(はべり)」「いまそかり・いますかり」
荒れ果てている蔵に、女を奥に押し入れて、男は、弓を持ち胡籙を背負って、蔵の戸口に(番をして見張って)いた。
はや夜も明け なむと思ひつつ ゐ たり けるに、
明け=カ行下二動詞「明く」の未然形。直後に願望の終助詞があるため未然形となっている。
なむ=願望の終助詞。接続は未然形。~てほしい、~てもらいたい
つつ=接続助詞、①反復「~しては~」②継続「~し続けて」③並行「~しながら」④(和歌で)詠嘆、ここでは③並行「~しながら」の意味。
ゐ=ワ行上一動詞「居る(ゐる)」の連用形。すわる。とまる、とどまる。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」と覚える。
たり=存続の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
早く夜が明けてほしいと思いながら座っていたところ、
鬼はや一口に食ひて けり。
て=完了の助動詞「つ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。
鬼は早くも一口で(女を)食ってしまった。
「あなや」と言ひけれ ど、神鳴るさわぎに、え聞かざり けり。
あなや=感動詞、あれえ、ああ
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ど=逆接の接続助詞、接続(直前に来る用言の活用形)は已然形
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない。」
ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
「あれえ」と(女は叫んで)言ったが、雷の鳴るさわがしさのために、(男は女の叫び声を)聞く事が出来なかった。
やうやう夜も明けゆくに、見れ ば、率て来 し女もなし。
やうやう=副詞、だんだん、しだいに
見れ=マ行上一動詞「見る」の已然形。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」と覚える。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
率(ゐ)=ワ行上一動詞「率る(ゐる)」の連用形。率(ひき)いる、引き連れていく。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」と覚える。
来(こ)=カ変動詞「来(く)」の未然形。
し=過去の助動詞「き」の連体形。接続は連用形だが、直前にカ変動詞「来」を置くときは、例外的に「来」を未然形にする。ただし「来(き)し方」と言う時は「来」を連用形にする。「来し方」の意味は「過去、過ぎ去った時」である。
なし=ク活用の形容詞「無し」の終止形
しだいに夜も明けてくるので、(蔵の中を)見ると、連れて来た女もいない。
足ずりをして泣けども、かひなし。
足ずり=名詞、(怒りや悲しみで)じだんだを踏むこと
ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。~けれども
かひなし=ク活用の形容詞「甲斐なし(かひなし)」の終止形、どうしようもない、効果がない、むだだ
(男は)じだんだを踏んで泣いたけれども、どうしようもない。(そして、男は次のような歌を詠んだ。)
白玉か なにぞと人の 問ひしとき 露と答へて 消えなましものを
か=疑問の係助詞
ぞ=係助詞、問いかけを表している。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
消え=ヤ行下二動詞「消ゆ」の連用形。「消え」は「露」の縁語である。また、ここでは「死ぬ」と言う意味で使われている。現代語でもそうだが、古典において「死ぬ」という言葉を直接使うことは避けるべきこととされており、「亡くなる・いたずらになる・隠る」などと言ってにごす。
な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。基本的に助動詞「つ・ぬ」は完了の意味だが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などがくると「強意」の意味となる。
まし=反実仮想の助動詞「まし」の連体形、接続は未然形。反実仮想とは事実に反する仮想である。
ものを=詠嘆の終助詞、接続は連体形。~のになあ、~のだがなあ
「あれは白玉(=真珠)ですか、何かしら。」とあの人が尋ねたときに、「あれは露ですよ。」と答えて、(その露が消えるように自分も)消えてしまったらよかったのになあ。(そうすればこんな悲しまなくてすんだのに。)
※縁語…ある言葉と意味上の縁のある言葉。ある言葉から連想できる言葉が縁語だと考えればよい。
例:「舟」の縁語は「漕ぐ」「沖」「海」「釣」など
この和歌では、「露」の縁語として「消え」が用いられている。
伊勢物語について簡単な説明
伊勢物語は和歌を中心として組み立てられた歌物語であり、主人公である「男」とは六歌仙のひとり「在原業平」がモデルとなっていると考えられている。
内容としては、男女の恋愛の話が多い。
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