成立：鎌倉時代後期
ジャンル：随筆
作者：兼好法師（吉田兼好・卜部兼好）
「黒＝原文」・「青＝現代語訳」
解説・品詞分解はこちら徒然草『高名の木登り』解説・品詞分解
高名の木登りといひし男、人を掟てて、高き木に登せて梢を切らせしに、
木登りの名人と言われていた男が、人に指図して、高い気に登らせて梢を切らせた時に、
いと危ふく見えしほどは言ふこともなくて、降るるときに、軒たけばかりになりて、
たいそう危なく見えた辺りでは何も言わなくて、降りる時に、軒（屋根の一番低い部分）の高さぐらい（まで降りてきた所）になって、
「過ちすな。心して降りよ。」と言葉をかけ侍りしを、
「失敗するな。気を付けて降りろよ。」と言葉をかけましたので、
「かばかりになりては、飛び降るとも降りなん。
「これほど（の高さ）になったなら、飛び降りようとも降りられるだろう。
いかにかく言ふぞ。」と申し侍りしかば、
どうしてそのようなことを言うのか。」と（木登りの名人に尋ね）申しましたところ、
「そのことに候ふ。目くるめき、枝危ふきほどは、おのれが恐れ侍れば、申さず。
「そのことでございます。目がくらくらし、枝が（高い位置にあって細く）危ないうちは、本人が恐れて（用心して）いますので、（私からは何も）申しません。
あやまちは、安き所になりて、必ずつかまつることに候ふ。」と言ふ。
失敗は、安心だと思う所になって、必ずいたすものでございます。」と言う。
あやしき下臈なれども、聖人の戒めにかなへり。
（その木登りの名人は）身分の低い者であるけれども、聖人の教訓に合致している。
鞠も、かたき所を蹴出だして後、安く思へば、必ず落つと侍るやらん。
（蹴鞠の）鞠も、難しいところを蹴り出した後、安心だと思うと、必ず落とすと（その道の人が言うことに）ございますのだとか。