『須磨の秋』
解説・品詞分解はこちら源氏物語『須磨』(月のいとはなやかにさし出でたるに、~)解説・品詞分解
「黒=原文」・「青=現代語訳」
月のいとはなやかにさし出でたるに、今宵は十五夜なりけりとおぼし出でて、殿上の御遊び恋しく、
月がとても明るく出たので、今夜は十五夜であったなあと思い出しなさって、殿上での管弦の御遊びが恋しく、
ところどころながめ給ふらむかしと思ひやり給ふにつけても、月の顔のみまもられ給ふ。
(都にいる)あの方もこの方も(この月を)眺めていらっしゃるだろうよと思いなさるにつけても、月の面ばかりをじっと見つめていらっしゃる。
「二千里外故人心。」と誦じ給へる、例の涙もとどめられず。
「二千里の外故人の心。」と口ずさみなさると、(周りの人々は)いつものように涙を止めることができない。
入道の宮の、「霧や隔つる。」とのたまはせしほど、言はむ方なく恋しく、折々のこと思ひ出で給ふに、よよと泣かれ給ふ。
入道の宮(=藤壺の宮)が、「霧が隔てたのだろうか。」とおっしゃったころが、言いようもなく恋しく、折々のことを思い出しなさると、おいおいとお泣きになる。
「夜更け侍りぬ。」と聞こゆれど、なほ入り給はず。
「夜が更けました。」と(人々が)申し上げるけれど、やはり(光源氏は寝所に)お入りにならない。
見るほどぞ しばし慰む めぐりあはむ 月の都は はるかなれども
(月を)見ている間はしばらく心が慰められる。再びめぐりあう月の都(=京の都)は、はるか遠いけれども。
(後半の意訳:再び京の都に帰ることができる日は、はるか遠いけれども。)
その夜、上のいとなつかしう昔物語などし給ひし御さまの、院に似奉り給へりしも、恋しく思ひ出で聞こえ給ひて、
その夜、朱雀帝がたいそう親しみ深く昔話などなさったご様子が、桐壺院に似申し上げていらっしゃったことも、恋しく思い出し申し上げなさって、
※朱雀帝=光源氏の異母兄。源氏物語の序盤で登場した弘徽殿の女御の子供。
※桐壺院=光源氏の父親。
「恩賜の御衣は今ここにあり。」と誦じつつ入り給ひぬ。
「恩賜の御衣は今ここにあり。」と口ずさみながら(寝所に)お入りになった。
※「恩賜の御衣は今ここにあり。」=菅原道真の詩の引用。意訳:「主君からいただいた服は今でもここにございます。」
御衣はまことに身放たず、傍らに置き給へり。
(朱雀帝からいただいた)御衣は(道真の詩のとおり)本当に身から離さず、そばに置いていらっしゃる。
憂しとのみ ひとへにものは 思ほえで 左右にも 濡るる袖かな
(帝に対して)恨めしいとばかりひたすらには思われないで、(恨めしさと懐かしさで)左も右も(涙で)濡れる袖であるよ。
※光源氏が須磨に下ることになった原因は兄である朱雀帝にもあるため、朱雀帝のことを恨めしく思う一方で、懐かしくも思っている。
源氏物語『須磨』(月のいとはなやかにさし出でたるに、~)解説・品詞分解