「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら去来抄『行く春を』現代語訳
行く春を 近江の人と 惜しみけり 芭蕉
けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。「けり」は過去の意味で使われることがほとんどだが、①和歌での「けり」、②会話文での「けり」、③なりけりの「けり」、では詠嘆に警戒する必要がある。①はほぼ必ず詠嘆だが、②③は文脈判断
(琵琶湖のほとりの)過ぎ行く春を、近江の国の人々と一緒に惜しんだことだ。 芭蕉
先師いはく、「尚白が難に、『近江は丹波にも、行く春は行く歳にも、ふる べし。』と言へり。汝、いかが聞き侍る や。」
ふる=ラ行四段動詞「振る(ふる)」の終止形、入れ替える、置き換える、振り替える。
べし=可能の助動詞「べし」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
り=完了の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
汝(な・なんぢ・なんじ)=名詞、おまえ
いかが=副詞、どんなに ~か。どうして ~か。
侍る=補助動詞ラ変「侍り(はべり)」の連体形、丁寧語
※「候(さうらふ/さぶらふ)・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
や=疑問の係助詞
先生(=芭蕉)が言うことには、「尚白の(この句に対する)非難に、『近江は丹波にも、行く春は行く年にも置き換えることができる。』と言った。おまえは、どう考えますか。」と。
去来いはく、「尚白が難当たらず。湖水朦朧として春を惜しむに便りあるべし。殊に今日の上に 侍る。」と申す。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
便り・頼り(たより)=名詞、頼りどころ、縁故。良い機会、事のついで。便宜、手段。消息、手紙、訪れ。ぐあい、配置。
べし=推量の助動詞「べし」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
殊に(ことに)=副詞、特に、とりわけ。その上、なお。
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
侍る=補助動詞ラ変「侍り(はべり)」の連体形、丁寧語
申す=サ行四段動詞「申す」の終止形、「言ふ」の謙譲語
去来が言うことには、「尚白の批判は当たっていない。(琵琶湖の)湖水がぼんやりと霞んでいて、春を惜しむのにふさわしいのでしょう。特に(この句は、実際にその場の景色に臨んでの)実感であります。」と申し上げる。
先師いはく、「しかり。古人もこの国に春を愛する事、をさをさ都に劣らざる ものを。」
しかり=ラ変動詞「然り(しかり)」の終止形、そうだ、そうである、その通りだ。
をさをさ=副詞、(下に打消語を伴って)すこしも、めったに
ざる=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
ものを=終助詞、詠嘆。
先生が言うことには、「その通りだ。昔の人もこの国(=近江)で春を愛することは、少しも都(で春を愛すること)に劣らないのになあ。」と。
去来いはく、「この一言心に徹す。行く歳近江にゐ給は ば、いかで かこの感ましまさ ん。
給は=補助動詞ハ行四段「給ふ」の未然形、尊敬語。
ば=接続助詞、直前が未然形だから④仮定条件「もし~ならば」である。ちなみに、直前が已然形ならば①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかである。
いかで=副詞、(疑問・反語で)どうして、どのようにして、どういうわけで。どうにかして。どうであろうとも、なんとかして。
か=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
ましまさ=サ行四段動詞「坐します(まします)」の未然形、「あり」の尊敬語。いらっしゃる。
ん=推量の助動詞「む」の連体形が音便化したもの、接続は未然形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
去来が言うことには、「この一言(=芭蕉の句)は心にしみます。もし年の暮れに近江にいらっしゃるなら、どうしてこの感興(=過行く春を惜しむ感慨)がおありでしょうか。
行く春丹波にいまさ ば、もとよりこの情浮かぶまじ。風光 の人を感動せ しむる事、真なる かな。」と申す。
いまさ=サ行四段動詞「坐す・在す(います)」の未然形、「あり・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる。お行きになる。おいでになる。
ば=接続助詞、直前が未然形であり、④仮定条件「もし~ならば」の意味で使われている。
まじ=打消推量の助動詞「まじ」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)
風光(ふうこう)=名詞、すばらしい風景、美しい景色
の=格助詞、用法は主格、訳「すばらしい風景が人を感動させることは、」
感動せ=サ変動詞「感動す」の未然形、感動する。「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になったもの。例:「音す」、「愛す」、「ご覧ず」
しむる=使役の助動詞「しむ」の連体形、接続は未然形。「す・さす・しむ」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
なる=断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形
かな=詠嘆の終助詞
申す=サ行四段動詞「申す」の終止形、「言ふ」の謙譲語
(また、)もし過ぎ行く春に丹波にいらっしゃるなら、そもそもこの感情(=春を惜しむ感情)は浮かばないでしょう。すばらしい風景が人を感動させることは、真実なのですね。」と申し上げる。
先師いはく、「去来、汝は共に風雅を語るべき者なり。」と、ことさらに喜び給ひ けり。
汝(な・なんぢ・なんじ)=名詞、おまえ
べき=可能の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
ことさらに=ナリ活用の形容動詞「殊更なり(ことさらなり)」の連用形、格別だ。意図的だ。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連用形、尊敬語。
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
先生が言うことには、「去来よ、おまえは一緒に俳諧を語ることができる者だ。」と、格別にお喜びになった。
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