「黒=原文」・「青=現代語訳」
作者:菅原孝標女
解説・品詞分解はこちら更級日記『物語(源氏の五十余巻)』(3)解説・品詞分解
はしるはしるわづかに見つつ、心も得ず、心もとなく思ふ源氏を、
胸をわくわくさせて少しだけ見ては、(物語の筋を)理解できず、じれったく思っていた源氏物語を、
一の巻よりして、人も交じらず、几帳の内にうち臥して、引き出でつつ見る心地、
一の巻から読み始めて、誰とも合わず、几帳の内に寝転んで、引き出しては読む心地は、
后の位も何にかはせむ。
后(=皇后・天皇の妻)の位も(源氏物語と比較すると)何になろうか。(いや、何にもならない。)
昼はひぐらし、夜は目の覚めたる限り、灯を近くともして、これを見るよりほかのことなければ、
昼は一日中、夜は目が覚めている限り、灯火を近くにともして、これを読む以外他のことはしなかったので、
おのづからなどは、そらにおぼえ浮かぶを、いみじきことに思ふに、
自然と(物語の文章や人物を)覚えていて頭に浮かぶのを、素晴らしいことだと思っていると、
夢に、いと清げなる僧の、黄なる地の袈裟着たるが来て、「法華経五の巻を、とく習へ。」と言ふと見れど、
夢に、たいそうさっぱりとして美しい僧で、黄色の地の袈裟を着ている僧が出てきて、(その僧が)「法華経の五の巻を、早く習いなさい。」と言うと(いう夢を)見たが、
人にも語らず、習はむとも思ひかけず、物語のことをのみ心にしめて、
(その夢のことを)人にも話さず、(法華経を)習おうとも心がけず、物語のことだけを深く心に思いこんで、
「われはこのごろわろきぞかし。盛りにならば、
「私は今のところ器量はよくないことだよ。(でも、)女としての盛りの年頃になったら、
かたちも限りなくよく、髪もいみじく長くなりなむ。
顔立ちもこの上なく良くなって、きっと髪もたいそう長くなるだろう。
光の源氏の夕顔、宇治の大将の浮舟の女君のやうにこそあらめ。」
光源氏の(愛した)夕顔、宇治の大将の(愛した)浮舟の女君のようになるだろう。」
と思ひける心、まづいとはかなくあさまし。
と思った(当時の自分の)心は、実にたいそうあてにならなくあきれることだ。