「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
作者:菅原孝標女
原文・現代語訳のみはこちら更級日記『物語(源氏の五十余巻)』(2)現代語訳
かく のみ 思ひくんじ たるを、心も慰め むと、心苦しがりて、
かく(斯く)=副詞、こう、このように
のみ=副助詞、ただ…だけ、…ばかり
思ひくんじ=サ変動詞「思ひ屈ず(おもひくんず)」の連用形、気がめいる、ふさぎこむ。「屈ず(くんず)」だけでも同じ意味。
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形。「完了」の可能性もないこともない。
慰め=マ行下二段動詞「慰む(なぐさむ)」の未然形、慰める、気持ちをなごませる。四段活用だと「気持ちがなごむ、気がまぎれる」なので注意。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。「む」は文末に来ると「推量・意志・勧誘」のどれかの意味であり、【「心を慰めよう。」と、】というように「む」の後には句点が省略されているので、文末扱いで「意志」の意味となっている。
心苦しがり=ラ行四段動詞「心苦しがる」の連用形、心配である、心苦しく思われる
ただこのようにばかりふさぎ込んでいるので、心を慰めようと、心配して、
母、物語など求めて見せ たまふに、げに おのづから 慰みゆく。
見せ=サ行下二段動詞「見す」の連用形、見せる。四段活用だと尊敬語で「御覧になる」という意味になるので注意。
たまふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体(見せる人)である母を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
げに(実に)=副詞、なるほど、実に、まことに。本当に。
おのづから=副詞、自然と、ひとりでに、たまたま
慰みゆく=カ行四段動詞「慰みゆく」の終止形
慰む(なぐさむ)=マ行四段動詞、気持ちがなごむ、気分が晴れる、気がまぎれる。下二段活用だと「慰める、気持ちをなごませる」となり、「使役」の意味を含むので注意。
母が、物語などを探して見せてくださると、なるほど自然と慰められてゆく。
紫のゆかりを見て、続きの見まほしく おぼゆれ ど、人語らひなどもえ せ ず。
紫のゆかり=名詞、源氏物語の若紫の巻のこと。「ゆかり」は縁のことである。
まほしく=希望・願望の助動詞「まほし」の連用形、接続は未然形
おぼゆれ=ヤ行下二段動詞「思ゆ・覚ゆ(おぼゆ)」の已然形、自然に思われる、感じる、思われる。「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれている。
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
人語らひ=名詞、人に相談すること
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」
せ=サ変動詞「す」の未然形、する。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
(源氏物語の)若紫の巻を見て、続きを見たいと思われるけれど、人に相談することなどもできない。
たれもいまだ都慣れぬ ほど にて、え 見つけ ず。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形。今回は接続だけでは完了・強意の助動詞「ぬ」の終止形と判別は付かないが、直後に体言が来ていることからこの「ぬ」は連体形だと判断し、活用から判別することができる。
ほど=名詞、頃、時、限度、様子
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない。」
見つけ=カ行下二段動詞「見つく」の未然形、見つける。四段活用だと、「見慣れ親しむ」の意味になるので注意。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
誰もいまだ都に慣れない頃であるので、見つけられない。
いみじく 心もとなく、ゆかしく おぼゆる ままに、
いみじく=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても
心もとなく=ク活用の形容詞「心もとなし」の連用形、ぼんやりしている、はっきりしない。待ち遠しくて心がいらだつ、じれったい。
ゆかしく=シク活用の形容詞「ゆかし」の連用形、心がひきつけられる、見たい、聞きたい、知りたい
おぼゆる=ヤ行下二段動詞「思ゆ・覚ゆ(おぼゆ)」の連体形、自然に思われる、感じる、思われる。「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれている。
ままに=~にまかせて、思うままに。~するとすぐに。(原因・理由)…なので。「まま(名詞)/に(格助詞)」
とてもじれったく、読みたいと思われるので、
「この源氏の物語、一の巻より して、皆見せ たまへ。」と、心の内に祈る。
より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや
し=サ変動詞「す」の連用形、代動詞であり、本来の動詞は「始む」と思われる。代動詞はその場面の文脈に応じて適切な動詞に変換して訳す。「いと雨して、」⇒「たいそう雨が降って、」
見せ=サ行下二段動詞「見す」の連用形、見せる
たまへ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の命令形、尊敬語。動作の主体(見せる人)である仏様を敬っていると思われる。作者からの敬意。
「この源氏物語を、一の巻から始めて、全部見せてください。」と、心の中で祈る。
親の太秦にこもり たまへ るにも、異事なく、このことを申して、
の=格助詞、主格。「親が太秦に~」
こまり=ラ行四段動詞「籠る(こもる)」の連用形、神社や寺に泊まって祈る、参籠する
たまへ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である親を敬っている。作者からの敬意。
る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形、四段なら已然形。今回は直前に四段の已然形(たまへ)がきている。
異事(ことごと)=名詞、別の事、他の事
申し=サ行四段動詞「申す」の連用形、「言ふ・願ふ」などの謙譲語。動作の対象(願われる人)である仏様を敬っている。作者からの敬意。
親が太秦(の広隆寺)に参籠なさった時にも、他のことは言わず、この事だけをお願い申し上げて、
出でむ ままにこの物語見果て むと思へど、見え ず。
む=仮定の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末でなく文中で使われるときは「㋕仮定・㋓婉曲」のどちらかである。
ままに=…するとすぐに、…にまかせて、思うままに、(原因・理由)…なので。「まま(名詞)/に(格助詞)」
見果て=タ行下二段動詞「見果つ」の未然形
果つ=補助動詞タ行下二、…し終わる、すっかり…しきる
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形、上記の「む」であるが、『「この物語を見果てむ。」と思へど』と句点(「。」)が省略されているので、終止形となり、文末扱いである。よって、「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」の中から文脈上適切な「意志」と判断する。
え(得)=補助動詞ア行下二「う(得)」の未然形、「~(することが)できる」
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
退出したらすぐにこの物語を最後まで読んでしまおうと思うけど、見ることができない。
いと口惜しく思ひ嘆かるるに、をばなる人の田舎より上りたる所に渡い たれ ば、
口惜しく=シク活用の形容詞「口惜し(くちおし)」の連用形。残念だ、がっかりだ、悔しい。いやだ、物足りない。
るる=自発の助動詞「る」の連体形、接続は未然形。「る」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があり、「自発」の意味になるときはたいてい直前に「心情動詞(思う、笑う、嘆くなど)・知覚動詞(見る・知るなど)」があるので、それが識別のポイントである。自発:「~せずにはいられない、自然と~される」
なる=断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形
の=格助詞、主格。「叔母である人が地方から~」
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
渡い(わたい)=ラ行四段動詞「渡る」の連用形が音便化(イ音便)したもの、「行く、来る」
たれ=完了の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
ひどく残念で嘆かわしく思わずにはいられない頃に、叔母である人が田舎から上京してきていた所に行ったところ、
「いとうつくしう 生ひなり に けり。」など、あはれがり、めづらしがりて、帰るに、
うつくしう=シク活用の形容詞「うつくし」の連用形が音便化したもの、かわいい、いとしい、かわいらしい
生ひなり=ラ行四段動詞「生ひ成る」の連用形、成長する
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。「けり」は過去の意味で使われることがほとんどだが、①和歌での「けり」②会話文での「けり」③なりけりの「けり」では詠嘆に警戒する必要がある。①はほぼ必ず詠嘆だが、②③は文脈判断
あはれがり=ラ行四段動詞「あはれがる」の連用形、心を動かされたという意味を表す言葉。感動する、感心する。同情する、かなしむ。感動したときに口に出す「あはれ」という言葉に由来する。
めづらしがり=ラ行四段動詞「珍しがる」の連用形、珍しがる、珍しいと思う。形容詞「めづらし」の語幹(めづら)に接尾語「がる」が付いて動詞化したもの。
「たいそうかわいらしく成長したなあ。」などと、なつかしがり、珍しがって、(私が)帰る時に、
「何をか 奉ら む。まめまめしき物はまさなかり な む。
か=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
奉ら=ラ行四段動詞「奉る(たてまつる)」の未然形、「与ふ・贈る」の謙譲語。差し上げる、献上する。動作の対象である菅原孝標の女(=作者)を敬っている。をばなる人からの敬意。
む=意志の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。
まめまめしき=シク活用の形容詞「まめまめし」の連体形、実用的だ。真面目だ、誠実だ。
まさなかり=ク活用の形容詞「正無し(まさなし)」の連用形、良くない、みっともない
な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる
む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
「何を差し上げましょうか。実用的なものは、つまらない(良くない)でしょう。」
ゆかしく し たまふ なる物を奉ら む。」とて、源氏の五十余巻、櫃に入りながら、
ゆかしく=シク活用の形容詞「ゆかし」の連用形、心がひきつけられる、見たい、聞きたい、知りたい
し=サ変動詞「す」の連用形、する。
たまふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の終止形、尊敬語。動作の主体(欲しがっている人)である菅原孝標の女(=作者)を敬っている。をばなる人からの敬意。
なる=伝聞の助動詞「なり」の連体形、接続は終止形(ラ変は連体形)。「断定・存在」かあるいは「伝聞・推定」の助動詞なのかは文法上判断できず、文脈判断するしかない。「断定(~である)」と「存在(~にある)」は文脈的に合わない。また、音声を根拠に推定して「~だろう」と訳す「推定」も合わない。消去法で伝聞:「(伝え聞いて)~だそうだ。~ということだ。」だと判断する。
奉ら=ラ行四段動詞「奉る(たてまつる)」の未然形、「与ふ・贈る」の謙譲語。差し上げる、献上する。動作の対象である菅原孝標の女(=作者)を敬っている。をばなる人からの敬意。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
ながら=接続助詞、次の①の意味で使われている。
①そのままの状態「~のままで」例:「昔ながら」昔のままで
②並行「~しながら・~しつつ」例:「歩きながら」
③逆接「~でも・~けれども」 例:「敵ながら素晴らしい」
④そのまま全部「~中・~全部」例:「一年ながら」一年中
欲しがっていらっしゃると聞いている物を差し上げましょう。」と言って、源氏物語の五十余巻を、櫃(=ふたの付いた大型の木箱)に入ったまま、
在中将・とほぎみ・せり河・しらら・あさうづなどいふ物語ども、ひと袋とり入れて、得て帰る心地のうれしさぞ いみじき や。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
いみじき=シク活用の形容詞「いみじ」の連体形、係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても。
や=詠嘆の間投助詞、「…だなあ、…ことよ」
「在中将」「とほぎみ」「せり河」「しらら」「あさうづ」などといういろいろな物語を、(叔母が)一つの袋に入れて(くださった。それらを)もらって帰る気持ちの嬉しさはたいそうなものだったよ。
続きはこちら更級日記『物語(源氏の五十余巻)』(3)解説・品詞分解 「はしるはしるわづかに見つつ、~