「黒=原文」・「青=現代語訳」
解説・品詞分解のみはこちら雨月物語『浅茅が宿』解説・品詞分解(3)
妻涙をとどめて、「ひとたび別れ参らせて後、たのむの秋よりさきに恐ろしき世の中となりて、
妻は涙をとどめて、「ひとたびお別れしてからその後、(あなたと再会することを)頼みに思っていた秋が来る前に恐ろしい世の中となって、
里人は皆家を捨てて、海に漂ひ山に隱れば、たまたまに残りたる人は、多く虎狼の心ありて、
里人はみな家を捨てて、海に漂ったり山に隠れたので、たまたま残った人は、多くは虎狼の心があって、
かく寡となりしをたよりよしとや、言葉を巧みていざなへども、
(私が)このように寡婦(=未亡人)となったのを都合がよいと思ったのか、言葉巧みに誘惑してきたけれども、
玉と砕けても瓦の全きにはならはじものをと、いくたびか辛き目を忍びぬる。
玉として砕けても、瓦のようになって生き延びることはするまいよと、何度も辛い目を耐え忍びました。
※「玉と砕けても」=貞操を守って死ぬこと。 瓦は玉の対義語で、価値のないものの例えである。
銀河秋を告ぐれども君は帰り給はず。
天の川が秋を告げても、あなたお帰りになりません。
冬を待ち、春を迎へても消息なし。
冬を待ち、春を迎えても便りはない。
今は京に上りて尋ね参らせんと思ひしかど、丈夫さへ許さざる関の鎖を、
今は京に上ってお探ししようと思いましたが、男でさえ通ることを許されない関所の守りを、
いかで女の越ゆべき道もあらじと、
どうして女の身で(ある私が)超えられる道があるだろうか(、いや、ないだろう)と、
軒端の松にかひなき宿に、きつね・ふくろふを友として今日までは過ごしぬ。
軒端の松のように待ってもどうしようもない宿に、きつね・ふくろうを友として今日まで過ごしてきました。
今は長き恨みも晴れ晴れとなりぬることのうれしく侍り。
(あなたに会えた)今は長い恨みも晴れ晴れとしたことがうれしくございます。
逢ふを待つ間に恋ひ死なんは、人知らぬ恨みなるべし。」と、またよよと泣くを、
(昔の和歌にあるように)会うのを待つ間に恋焦がれ死んだとしたら、相手に知られず恨みになるでしょう。」と言って、また(妻が)声を上げて泣くのを、
「夜こそ短きに。」と言ひなぐさめて、ともに臥しぬ。
「夜は短いのだから。」と言い慰めて、一緒に寝たのだった。
窓の紙、松風を啜りて夜もすがら凉しきに、道の長手に疲れうまく寝ねたり。
破れた窓の障子紙が、松風を通してすすり泣くように鳴って一晩中涼しい上に、長旅の疲れでぐっすりと寝た。
五更の空明けゆくころ、現なき心にもすずろに寒かりければ、
五更の空が明けゆく頃、夢見心地にもなんとなく寒かったので、
衾かづかんと探る手に、何物にやさやさやと音するに目覚めぬ。
布団をかぶろうと探す手に、何物であろうか、さらさらと音がするので目が覚めた。
顔にひやひやと物のこぼるるを、雨や漏りぬるかと見れば、
顔にひんやりと物がこぼれてくるのを、雨が(降って)濡れたのかと見ると、
屋根は風にまくられてあれば、有明月のしらみて残りたるも見ゆ。
屋根は風にまくられているので、有明の月が白んで残っているのが見える。
家は戸もあるやなし。
家は戸もあるのかないのか(分からないぐらいの家の荒れようである)。
簀垣朽ち崩れたる間より、荻薄高く生ひ出でて、朝露うちこぼるるに、袖ひちて絞るばかりなり。
床が腐ってくずれたすき間から、荻や薄が高く生い出て、朝露がこぼれるので、袖が濡れて絞るほどであった。
※簀垣(すがき)=名詞、竹や板の間を透かせて作られた床
壁には蔦葛延ひかかり、庭は葎にうづもれて、秋ならねども野らなる宿なりけり。
壁には蔦や葛が生えかかり、庭は葎(=つる草)に埋もれて、秋ではないけれども(秋の)野原のような(ひどく荒れた)宿であった。
続きはこちら雨月物語『浅茅が宿』現代語訳(4)