「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら雨月物語『浅茅が宿』現代語訳(1)
この時、日ははや西に沈みて、雨雲は落ちかかるばかりに暗けれど、
ばかり=副助詞、(程度)~ほど・ぐらい。(限定)~だけ。
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
この時、日ははやくも西に沈んで、雨雲は(今にも雨となって)降ってきそうなほどに暗かったが、
久しく住み慣れし里なれ ば迷ふべうもあら じと、
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
べう=当然の助動詞「べし」の連用形が音便化したもの、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
あら=ラ変動詞「あり」の未然形
じ=打消推量の助動詞「じ」の終止形、接続は未然形
長い間住み慣れた故郷であるから迷うはずもないだろうと、
夏野分け行くに、いにしへの継ぎ橋も川瀬に落ちたれ ば、
たれ=完了の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
夏の(草木の生い茂った)野を分けて行くと、古い継ぎ橋も川の瀬に落ちてしまっているので、
げに駒の足音もせ ぬに、田畑は荒れたき ままに すさみてもとの道もわからず、
げに(実に)=副詞、なるほど、実に、まことに。本当に。
せ=サ変動詞「す」の未然形、する。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
たき=希望の助動詞「たし」の連体形、接続は連用形
ままに=~にまかせて、思うままに。~するとすぐに。(原因・理由)…なので。「まま(名詞/に(格助詞)」
すさみ=マ行四段動詞「荒む・遊む(すさむ)」の連用形、気の向くままに~する、興にまかせて~する。もてあそぶ、慰みにする。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
なるほど(万葉集にあるように)馬の足音もせず、田畑は荒れ放題に荒れて、もとの道も分からず、
ありつる家居もなし。
ありつる=以前の、先程の
あり=ラ変動詞「あり」の連用形
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
以前あった家もない。
たまたまここかしこに残る家に人の住むとは見ゆるもあれど、昔には似つつもあらね、
見ゆる=ヤ行下二段動詞「見ゆ」の連体形、見える、分かる、思われる。「ゆ」には「受身・自発・可能」の意味が含まれていたり、「見ゆ」には多くの意味がある。
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
ね=打消の助動詞「ず」の已然形、接続は未然形。直後に接続助詞の「ば」が省略されているために已然形となっている。「あらね(ば)、」
(ば)=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
たまたまこちらやあちらに残っている家に人が住んでいると思われるものもあるけれど、昔とは似ても似つかない、
いづれか我が住みし家ぞと立ち惑ふに、
か=疑問の係助詞
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
ぞ=強調の係助詞
どれが自分の住んでいた家かと立ち惑っていると、
ここ二十歩ばかりを去りて、雷に砕かれ し松のそびえて立て るが、
れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
立て=タ行四段動詞「立つ」の已然形、立つ。
※四段活用と下二段活用の両方になる動詞があり、下二段になると「使役」の意味が加わり、「立たせる」といった意味になる。
る=存続の助動詞「る」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形。
※完了・存続の「る(連体形)」は直前にエの発音のものが来る。例:「立て/る」「御覧ぜ/る」
受身・尊敬等の「る(終止形)」は直前にアの発音のものが来る。例:「砕か/る」「騒が/る」
ここから二十歩ほど離れて、雷に砕かれた松がそびえて立っているのが、
雲間の星の光に見えたるを、げに我が軒の標こそ見えつると、
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
げに(実に)=副詞、なるほど、実に、まことに。本当に。
こそ=強調の係助詞。結びは已然形となるはずだが、係り結びの破格が起こっている。本来の結びは「つる」の部分であり、「つれ(已然形)」となるべきところが「つる(連体形)」となって、係り結びの法則が守られていない。これを「係り結びの破格」と言う。近世の作品に見られる傾向。
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
雲間の星の光で(照らされて)見えたのを、確かにわが家の目印が見えたと、
まづうれしき心地して歩むに、家はもとに変はらであり。
で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消しの助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
まずうれしい気持になって歩み寄ると、家は昔と変わらないであった。
人も住むと見えて、古戸の間より灯火の影漏れてきらきらとするに、他人や 住む、
より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや
影(かげ)=名詞、光。姿、形。鏡や水などに移る姿、映像
や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
住む=マ行四段動詞「住む」の連体形。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。
人も住んでいると見えて、古い戸の隙間から灯火の光が漏れてきらきらしているので、(妻以外の見知らぬ)他人が住んでいるのだろうか、
もしその人や います かと心騒がしく、門に立ち寄りて呟きすれば、内にも速く聞き取りて、「誰そ。」と咎む。
や=疑問の係助詞
います=サ行四段動詞「います」の連体形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。
か=疑問の係助詞
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
そ=強調の係助詞
もしかすると妻がいるのだろうかと胸騒ぎがして、門に立ち寄って咳払いをすると、家の中でもすばやく聞き取って、「どなたですか。」と問いかけた。
いたう ねび たれ どまさしく妻の声なるを聞きて、夢かと胸のみ騒がれて、
いたう=ク活用の形容詞「いたし」の連用形が音便化したもの、良い意味でも悪い意味でも程度がはなはだしい
ねび=バ行上二段動詞「ねぶ」の連用形、年を取る、ふける、大人びる。
たれ=存続の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
なる=断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形
か=疑問の係助詞
れ=自発の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があり、「自発」の意味になるときはたいてい直前に「心情動詞(思う、笑う、嘆くなど)・知覚動詞(見る・知るなど)」があるので、それが識別のポイントである。
自発:「~せずにはいられない、自然と~される」
ひどく老けているけれど、まさしく妻の声であるのを聞いて、夢かと胸騒ぎばかりしてしまい、
「われこそ帰り参り たり。変はらで独り浅茅が原に住みつることの不思議さよ。」と言ふを、
こそ=強調の係助詞。結びは已然形となるはずだが、係り結びの破格が起こっている。本来の結びは「たり」の部分であり、「たれ(已然形)」となるべきところが「たり(終止形)」となって、係り結びの法則が守られていない。これを「係り結びの破格」と言う。近世の作品に見られる傾向。
参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、謙譲語。
たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形
で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消しの助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
「私が帰ったぞ。(昔と)変らずに一人で浅茅が原に住んでいたとは不思議なことだよ。」と言うのを、
聞き知りたれ ば やがて戸を開くるに、
たれ=完了の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
やがて=副詞、すぐに。そのまま。
(家の中の妻はその声が夫の勝四郎の声だと)聞き知っていたので、すぐに戸をあけると
いといたう黒く垢づきて、眼は落ち入りたる やうに、上げたる髪も背にかかりて、もとの人とも思はれ ず。
いたう=ク活用の形容詞「いたし」の連用形が音便化したもの、良い意味でも悪い意味でも程度がはなはだしい
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形。もう一つの「たる」も同じ。
やうに=比況の助動詞「やうなり」の連用形
れ=可能の助動詞「る」の未然形、接続は未然形。「る」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。平安以前では下に打消が来て「可能」の意味で用いられることが多い。平安以前では「可能」の意味の時は下に「打消」が来るということだが、下に「打消」が来ているからといって「可能」だとは限らない。鎌倉以降は「る・らる」単体でも可能の意味で用いられるようになった。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
(妻の宮木は)たいそうひどく黒く垢づいて、目は落ちくぼんでいるようで、結い上げた髪も背中にかかって、もとの人(=昔の妻)とも思えない。
夫を見てものをも言はでさめざめと泣く。
で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消しの助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
夫を見て物も言わずにさめざめと泣いた。
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