「黒=原文」・「青=現代語訳」
解説・品詞分解はこちら枕草子『頭の弁の、職に参りたまひて』解説・品詞分解(2)
さて、「その文は殿上人みな見てしは。」とのたまへば、
そして、(頭の弁が、)「(あなたが書いた)その手紙は殿上人がみな見てしまったよ。」とおっしゃるので、
「まことに思しけりと、これにこそ知られぬれ。
(私が、)「(あなたが私の事を)本当にお思いになっていたのだなあと、これで自然と分かりました。
めでたきことなど、人の言ひ伝へぬは、かひなきわざぞかし。
すばらしいことなどを、人に言い伝えないのは、かいのないことですものね。
また見苦しきこと散るがわびしければ、御文は、いみじう隠して人につゆ見せ侍らず。
また、見苦しいことが(世間に)広まるのはつらいので、(あなたの)お手紙は、しっかりと隠して人にまったく見せてございません。
御心ざしのほどを比ぶるに、等しくこそは。」と言へば、
(私とあなたの)お心配りの程度を比べると、等しいのでございましょう。」と言うと、
「かく物を思ひ知りて言ふが、なほ人には似ずおぼゆる。
(頭の弁は、)「このように物をわきまえて言うところが、やはり他の人とは違うように思われる。
『思ひ隈なく、悪しうしたり。』など、
『(手紙の内容を人に見せるのは)思いやりがなく、悪いことをしてしまった』
などと、
例の女のやうにや言はむとこそ思ひつれ。」など言ひて、笑ひ給ふ。
普通の女性のように言うだろうと思った。」などと言って、お笑いになる。
「こはなどて。喜びをこそ聞こえめ。」など言ふ。
(私は、)「これはどうして(そのようなことをおっしゃるのでしょうか)。(恨み言を言うどころか、むしろ)お礼を申し上げましょう。」などと言う。
「まろが文を隠し給ひける、また、なほあはれにうれしきことなりかし。
(頭の弁は、)「(あなたが)私の手紙をお隠しになったのは、また、やはりしみじみとうれしいことであるよ。
いかに心憂くつらからまし。
(もし、あなたが私の手紙を人に見せていたら、)どんなに不快でつらいことだっただろうか。
今よりも、さを頼み聞こえむ。」
これからも、そのように(あなたのご配慮を)頼みに思い申し上げよう。」
などのたまひて、後に、経房の中将おはして、
などとおっしゃって、(その)後に、経房の中将がいらっしゃって、
「頭の弁はいみじうほめ給ふとは知りたりや。
(経房の中将が、)「頭の弁がたいそう(あなたのことを)褒めなさっていることは知っているか。
一日の文に、ありし事など語り給ふ。思ふ人の、人にほめらるるは、いみじううれしき。」
先日の(頭の弁から私への)手紙に、以前の事(=頭の弁と作者との間のやりとりのこと)などを書いていらっしゃる。(私の)思い人が、人に褒められるのは、とてもうれしいことだ。」
など、まめまめしうのたまふもをかし。
などと、真面目におっしゃるのも面白い。
「うれしきこと二つにて、かのほめ給ふなるに、
(私が、)「うれしいことが二つで、あの(頭の弁が)褒めなさるとかいうのに(加えて)、
また、思ふ人の中に侍りけるをなむ。」と言へば、
また、(あなたの)『思い人』の中に(私が)ございましたのを(知って)。」と言うと、
「それめづらしう、今の事のやうにも喜び給ふかな。」などのたまふ。
(経房の中将は、)「それをめったにない、今初めて知ったことのようにお喜びになるなあ。」などとおっしゃる。