「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
帰り入りて、探り給へ ば、女君はさながら臥して、右近はかたはらにうつぶし臥したり。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
さながら=副詞、そのまま、もとのまま。すべて、全部
たり=存続の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形
(光源氏が部屋に)帰って入って、探りなさると、夕顔はもとのまま倒れ伏して、右近はそのそばにうつぶせになっている。
「こはなぞ。あな、もの狂ほしの物怖ぢや。
こ=代名詞、これ、ここ
なぞ=「なに(代名詞)/ぞ(強調の係助詞)」→「なんぞ(音便化)」→「なぞ(無表記化)」
あな=感動詞、ああ、あら、まあ
もの狂ほし=シク活用の形容詞「物狂ほし(ものぐるほし)」の終止形、なんとなく気が変になりそうだ、狂おしい気持ちだ、狂気じみている。
や=詠嘆の間投助詞
(光源氏は、)「これはどうしたことだ。まあなんとも、狂気じみたほどの怖がりようだ。
荒れたる所は、狐などやうのものの、人脅かさむとて、け恐ろしう思はする なら む。
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
け恐ろしう=シク活用の形容詞「け恐ろし」の連用形が音便化したもの、なんとなく恐ろしい
する=使役の助動詞「す」の連体形、接続は未然形。「す・さす・しむ」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形
む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
荒れている所は、狐などのようなものが、人をおどかそうとして、なんとなく恐ろしく思わせるのであろう。
まろ あれ ば、さやうのものには脅され じ。」とて、引き起こし給ふ。
まろ(麻呂・麿)=私
あれ=ラ変動詞「あり」の已然形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
さやう=ナリ活用の形容動詞「さやうなり」の語幹。そのよう、その通りだ。形容動詞の語幹+格助詞「の」=連体修飾語
れ=受身の助動詞「る」の未然形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の4つの意味がある。ここでは文脈判断。
じ=打消意志の助動詞「じ」の終止形、接続は未然形
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の終止形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
私がいるのだから、そのようなものには脅かされまい。」と言って、(右近を)引き起こしなさる。
「いとうたて、乱り心地の悪しう侍れ ば、うつぶし臥して侍る や。
うたて=副詞、いやに、不快に。事態が悪い方へ進むさま、ますます、ひどく。普通でないさま、気味悪く。
侍れ=補助動詞ラ変「侍り(はべり)」の已然形、丁寧語。言葉の受け手である光源氏を敬っている。右近からの敬意。
※「候ふ(さぶらふ)・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
侍る=補助動詞ラ変「侍り(はべり)」の連体形、丁寧語。言葉の受け手である光源氏を敬っている。右近からの敬意。
や=間投助詞、おそらく用法は詠嘆。
(右近は、)「とても気味が悪く、気分が悪くございますので、うつぶせになっておりましたのよ。
御前にこそ わりなく 思さ る らめ。」と言へば、
御前(おまえ)=名詞、意味は、「貴人」という人物を指すときと、「貴人のそば」という場所を表すときがある。ここでは、夕顔のことを指している。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
わりなく=ク活用の形容詞「わりなし」の連用形、「理(ことわり)なし」と言う意味からきている。道理に合わない、分別がない、程度がひどい。
思さ=サ行四段動詞「思す(おぼす)」の未然形、「思ふ」の尊敬語。動作の主体である夕顔を敬っている。右近からの敬意。
る=自発の助動詞「る」の終止形、接続は未然形。「る・らる」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があり、「自発」の意味になるときはたいてい直前に「心情動詞(思う、笑う、嘆くなど)・知覚動詞(見る・知るなど)」があるので、それが識別のポイントである。
自発:「~せずにはいられない、自然と~される」
らめ=現在推量の助動詞「らむ」の已然形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。基本的に「らむ」は文末に来ると「現在推量・現在の原因推量」、文中に来ると「現在の伝聞・現在の婉曲」
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
ご主人様(=夕顔)のほうがむやみに(恐ろしく)お思いになっているでしょう。」と言うので、
「そよ。など かう は。」とて、かい探り給ふに、息もせ ず。
など=副詞、どうして、なぜ。
斯う(かう)=副詞、こう、このように。 「斯く(かく)」が音便化したもの。
は=強調の係助詞
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
せ=サ変動詞「す」の未然形、する。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
(光源氏は、)「そうだ。どうしてこのように(異常に怖がるのか)。」と言って、手探りなさるが、(夕顔は)息もしていない。
引き動かし給へ ど、なよなよとして、我にもあらぬさま なれ ば、
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
我にもあらぬさま=意識不明の状態、正体の無い状態。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
ゆすり動かしなさるけれど、ぐったりとして、意識不明の状態であるので、
いといたく若びたる人にて、物にけどら れ ぬる な めりと、
いたく=ク活用の形容詞「いたし」の連用形、良い意味でも悪い意味でも程度がはなはだしい。
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
けどら=ラ行四段動詞「けどる」の未然形、人の魂を奪う、正気を失わせる。
れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の4つの意味がある。ここでは文脈判断。
ぬる=完了の助動詞「ぬ」の連体形、接続は連用形
な=断定の助動詞「なり」の連体形が音便化して無表記化されたもの。「なるめり」→「なんめり(音便化)」→「なめり(無表記化)」。接続は体言・連体形
めり=推定の助動詞「めり」の終止形、接続は終止形(ラ変は連体形)。視覚的なこと(見たこと)を根拠にする推定の助動詞である。
※「けどら/れ/ぬる/な/めり」と分解し、「ぬる」とあるので打消ではなく「完了・強意」の「ぬ」の連体形だと分かる。「ぬる」が連体形なので「な」は推定・伝聞の助動詞ではなく、断定・存在の「なり」の連体形だと分かる。と言う感じで助動詞の接続や活用表などから判断していく。
たいそうひどく子どもっぽい人で、物の怪に魂を奪われてしまったのだろうと、
せむかたなき心地し 給ふ。
せむかたなき=ク活用の形容詞「せむ方なし」の連体形、どうしようもない、仕方がない。
「せ(サ変動詞・未然形)/む(婉曲の助動詞・連体形)/方(名詞、方法)/無し(ク活用形容詞)」で、直訳すると「するような方法がない。
む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。「む」は、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。直後にあるのが体言であれば婉曲になりがち。
し=サ変動詞「す」の連用形
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の終止形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
どうしようもないお気持ちになる。
紙燭持て参れ り。
参れ=ラ行四段動詞「参る」の已然形、「行く」の謙譲語。動作の対象である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
り=完了の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
(院の預かりの子が)紙燭を持って参上した。
右近も動くべきさまにもあら ね ば、近き御几帳を引き寄せて、
べき=可能の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
あら=ラ変動詞「あり」の未然形
ね=打消の助動詞「ず」の已然形、接続は未然形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
右近も動ける様子でもないので、(光源氏は)近くの几帳を引き寄せて、
※当時の身分ある女性は異性に姿を見られないようにしなければならなかった。そこで院の預かり子に夕顔の姿を見られないようにするため、光源氏はこのような行動をとった。
「なほ持て参れ。」とのたまふ。
なほ=副詞、さらに、もっと。やはり。それでもやはり。
参れ=ラ行四段動詞「参る」の命令形、「行く」の謙譲語。動作の対象である光源氏を敬っている。光源氏からの敬意。
のたまふ=ハ行四段動詞「宣ふ(のたまふ)」の終止形。「言ふ」の尊敬語。おっしゃる。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意
「もっと(紙燭を近くに)持って参れ。」とおっしゃる。
例 なら ぬことにて、御前近くもえ 参ら ぬ、つつましさに、長押にもえのぼらず。
例(れい)=名詞、いつもの事、普段。当たり前の事、普通。
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形。後の「ぬ(連体形)」も同じ。最後の「ず(終止形)」も同じ。
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」。もう一つの「え」も同じ。
参ら=ラ行四段動詞「参る」の未然形、「行く」の謙譲語。動作の対象である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
つつましさ=名詞、遠慮深さ
普段はないことなので、おそば近くにも参上することができない、遠慮深さのために、長押(=敷居の下にある角材)にも上がれない。
「なほ 持て来 や。所に従ひてこそ。」とて、
なほ=副詞、さらに、もっと。やはり。それでもやはり。
持て来(こ)=カ変動詞「持て来(もてく)」の命令形
や=間投助詞、用法は呼びかけ。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となるはずだが、ここでは省略されている。「はばかれ(ラ行四段動詞・已然形)」などが省略されていると考えられる。係り結びの省略。
(光源氏は)「もっと(近くに)持って来なさいよ。所に応じて(遠慮というものはするべき)だ。」と言って、
召し寄せて見給へ ば、ただこの枕上に、夢に見えつる容貌したる女、面影に見えて、ふと消え失せぬ。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
容貌(かたち)=名詞、姿、容貌、外形、顔つき
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
面影(おもかげ)=名詞、まぼろし、幻影。顔つき。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
(紙燭を)お取り寄せになって(夕顔を)ご覧になると、ちょうど枕元に、夢に見た容貌をした女が、幻に見えて、ふっと消え失せてしまった。
昔の物語などにこそ、かかることは聞け、
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。ここでは逆接強調法。
逆接強調法「こそ ~ 已然形、」→「~だけれど、(しかし)」
普通の係り結びは結び(文末)が已然形となるため、「こそ ~ 已然形。」となるが、
逆接強調法のときは「こそ ~ 已然形、」となり、「、(読点)」があるので特徴的で分かりやすい。
かかる=ラ変動詞「かかり」の連体形、このような、こういう
聞け=カ行四段動詞「聞く」の已然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。
昔の物語などに、このようなことは聞くけれども、(しかし、実際にこうして目の当たりにするとは、)
といとめづらかに むくつけけれ ど、
めづらかに=ナリ活用の形容動詞「珍らかなり」の連用形、珍しい、普通とは違う
むくつけけれ=ク活用の形容詞「むくつけし」の已然形、気味が悪い、不気味だ。
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
と、たいそう珍しく気味が悪いが、
まづ、この人いかに なり ぬる ぞと思ほす心騒ぎに、
いかに=副詞、どんなに、どう。「いかに」の中には係助詞「か」が含まれていて係り結びが起こる。
なり=ラ行四段動詞「成る」の連用形
ぬる=完了の助動詞「ぬ」の連体形、接続は連用形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。
ぞ=強調の係助詞
思ほす=サ行四段動詞「思ほす(おぼほす)」の連体形、「思ふ」の尊敬語、お思いになる。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
まず、この人(=夕顔)がどうなってしまったのかとお思いになる胸騒ぎで、
身の上も知られ 給は ず、添ひ臥して、
れ=可能の助動詞「る」の未然形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。「す・さす・しむ」とは異なり、「れ給ふ/られ給ふ」とある場合の「る・らる」は尊敬の意味となることはない。「受身・自発」のどちらかであり、今回のように下に打消があると「可能」の意味となる時もある。
給は=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の未然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
自分の身の安全もお考えになることができず、寄り添って、
※物の怪に取りつかれた人や死んだ人に近づくことは危険なことだとされていた。
「やや。」と、驚かし 給へ ど、
驚かし=サ行四段動詞「驚かす」の連用形、起こす、目を覚まさせる。「驚く(カ行四段、目を覚ます)」とは意味が異なるので注意。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
「これこれ。」と、目を覚ませようとなさるけれど、
ただ冷えに冷え入りて、息はとく絶え果てに けり。
とく(疾く)=副詞、早く、すぐに。すでに、とっくに。
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
(夕顔の体は)ただひたすら冷たくなっていって、息はすでに絶え果ててしまっていた。
続きはこちら源氏物語『夕顔(廃院の怪)』解説・品詞分解(4)