「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら大鏡『菅原道真の左遷』現代語訳(4)(5)
やがて かしこにてうせ 給へ る、
やがて=副詞、すぐに。そのまま。
彼処(かしこ)=名詞、あそこ、あの場所
うせ=サ行下二段動詞「失す(うす)」の連用形、死ぬ。 現代語でもそうだが、古典において「死ぬ」という言葉を直接使うことは避けるべきこととされており、「亡くなる・消ゆ・隠る」などと言ってにごす。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である菅原道真を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
(菅原道真は)そのままあの場所(=大宰府)でお亡くなりになったが、
夜の内に、この北野にそこらの松を生ほし 給ひて、
そこら=副詞、多く、たくさん。たいそう、非常に、とても。
生ほし=サ行四段動詞「生ほす(おほす)」の連用形
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である菅原道真を敬っている。作者からの敬意。
(道真の霊が)その夜のうちに、この(京都の)北野にたくさんの松をお生やしになって、
渡り住み給ふをこそは、ただ今の北野の宮と申して、
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である菅原道真を敬っている。作者からの敬意。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となるが、係り結びの消滅が起こっている。本来の結びは「申し」の部分であるが、接続助詞「て」が来ているため、結びの部分が消滅してしまっている。これを「係り結びの消滅(流れ)」と言う。
申し=サ行四段動詞「申す」の連用形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である菅原道真を敬っている。作者からの敬意。
(道真の霊が大宰府から)移り住みなさった場所を、現在の北野天満宮と申し上げて、
現人神に おはします めれ ば、
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
おはします=補助動詞サ行四段「おはします」の終止形。尊敬語。「おはす」より敬意が高い。動作の主体である菅原道真を敬っている。作者からの敬意。
めれ=推定の助動詞「めり」の已然形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。視覚的なこと(見たこと)を根拠にする推定の助動詞である。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
(道真はそこで)現人神でおられるようなので、
おほやけも行幸せ しめ 給ふ。
朝廷・公(おほやけ)=名詞、天皇、帝、天皇家、大きな屋敷。朝廷、政府。
行幸せ=サ変動詞「行幸す(みゆきす)」の未然形、行幸をする。「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。例:「音す」、「愛す」、「ご覧ず」
行幸(みゆき)=名詞、天皇のお出かけ ※御幸(みゆき)=上皇(法皇)のお出かけ ※行啓(ぎょうけい)=皇后・皇太子のお出かけ
しめ=尊敬の助動詞「しむ」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である帝を敬っている。作者からの敬意。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の終止形、尊敬語
帝も行幸なさる。
いとかしこく あがめ 奉り 給ふ めり。
かしこく=ク活用の形容詞「畏し/賢し(かしこし)」の連用形。連用形だと「たいそう、非常に」の意味。その他の意味として、恐れ多い、尊い。もったいない、かたじけない。賢い、優れている。
あがめ=マ行下二段動詞「崇む(あがむ)」の連用形、崇める、崇拝する、尊敬する。大切にする。
奉り=補助動詞ラ行四段「奉る(たてまつる)」の連用形、謙譲語。動作の対象である菅原道真を敬っている。作者からの敬意。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の終止形、尊敬語。動作の主体である帝を敬っている。作者からの敬意。
めり=婉曲の助動詞「めり」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。視覚的なこと(見たこと)を根拠にする推定の助動詞である。婉曲とは遠回しな表現。「~のような」と言った感じで訳す。
大変恐れ多く崇め申し上げていらっしゃるようだ。
筑紫のおはしまし所は安楽寺といひて、おほやけ より別当・所司など成さ せ 給ひて、いとやむごとなし。
おはしまし所=いらっしゃる所、おられる所。動作の主体である菅原道真を敬っている。作者からの敬意。
おはします=サ行四段動詞。「あり・居り・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。
朝廷・公(おほやけ)=名詞、天皇、帝、天皇家、大きな屋敷。朝廷、政府。
より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや
成さ=サ行四段動詞「成す(なす)」の未然形
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である帝を敬っている。作者からの敬意。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語
やむごとなし=ク活用の形容詞「やむごとなし」の終止形、捨てておけない。格別だ。尊い。大切である、貴重だ。
筑紫の(道真が)いらっしゃった所は安楽寺といって、朝廷から別当・所司(=役職名)などを任命なさって、たいそう尊い(場所となっている)。
内裏焼けて、たびたび造らせ 給ふに、円融院の御時のことなり、
内裏(うち・だいり)=名詞、宮中、内裏(だいり)。天皇。 宮中の主要な場所としては紫宸殿(ししんでん:重要な儀式を行う場所)や清涼殿(せいりょうでん:天皇が普段の生活を行う場所)などがある。
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である帝を敬っている。作者からの敬意。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
内裏が焼けて、たびたび(帝は)お造りになったが、円融院の御代のことである、
工ども裏板どもを、いとうるはしく鉋かきてまかり出でつつ、またの朝に参りて見るに、
うるはしく=シク活用の形容詞「うるはし」の連用形、整って美しい、端正である。きちんとしている。仲が良い、親しい。
まかり=ラ行四段動詞「罷る(まかる)」の連用形、謙譲語。退出する。参る。おそらく動作の対象である帝を敬っている。作者からの敬意。
朝(あした)=名詞、朝、明け方。翌朝。
参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語。おそらく動作の対象である帝を敬っている。作者からの敬意。
大工たちが(屋根の)裏板を、たいそうきれいに鉋をかけて退出して、翌朝に参上して見ると、
昨日の裏板に、もののすすけて見ゆる所のあり けれ ば、
見ゆる=ヤ行下二動詞「見ゆ」の連体形、見える、分かる。「ゆ」には「受身・自発・可能」の意味が含まれていたり、「見ゆ」には多くの意味がある。
あり=ラ変動詞「あり」の連用形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
昨日の裏板に、ぼんやりとすすけて見えるところがあったので、
梯にのぼりて見るに、夜のうちに虫の食める なり けり。その文字は、
食め=マ行四段動詞「食む(はむ)」の已然形
る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。「けり」は過去の意味で使われることがほとんどだが、①和歌での「けり」②会話文での「けり」③なりけりの「けり」では詠嘆に警戒する必要がある。①はほぼ必ず詠嘆だが、②③は文脈判断
はしごに登って見たところ、夜のうちに虫が食って(文字になって)いたのだった。その文字は、
つくるとも またも焼けなん すがはらや むねのいたまの あはぬかぎりは
な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる
ん=推量の助動詞「む」の終止形が音便化したもの、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
や=間投助詞、ここでの用法はおそらく「呼びかけ」、あるいは「詠嘆」
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
※掛詞…同音異義を利用して、一つの語に二つ以上の意味を持たせたもの。読者に意味を一つに限定されない配慮としてひらがなとして書かれることが多い。
すがはら=「菅原(道真)」と「素瓦」、あるいは「菅原(道真)」と「菅の野原」が掛けられている。
むね=「棟」と「胸」が掛けられている。
いたま=「板間」と「痛ま」が掛けられている。
掛詞を探すときのポイント(いずれも例外有り)
①ひらがなの部分
②和歌に至るまでの経緯で出て来た単語
③地名などの固有名詞
つくるとも またも焼けなん すがはらや むねのいたまの あはぬかぎりは
造り直そうとも、きっとまた焼けてしまうだろう。棟の板の間が合わない限り直せないように、菅原道真の胸の痛みの傷口が合って治らない限りは。
とこそ あり けれ。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。係り結びとなる係助詞は「ぞ・なむ・や・か・こそ」とあるが、「ぞ・なむ・や・か」の結びは連体形となり、「こそ」の結びは已然形となる。「ぞ・なむ・こそ」は強調の意味である時がほとんどで、訳す際には無視して訳す感じになる。
「とこそありけれ。」→「とありけり。」
あり=ラ変動詞「あり」の連用形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
とあった。
それもこの北野のあそばし たるとこそは申す めり しか。
あそばし=サ行四段動詞「遊ばす」の連用形、サ変動詞「す」の尊敬語、なさる、なさいます。(詩歌や管弦などを)なさる。動作の主体である菅原道真を敬っている。作者からの敬意。
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
申す=サ行四段動詞「申す」の終止形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である菅原道真を敬っている。作者からの敬意。
めり=推定の助動詞「めり」の連用形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。視覚的なこと(見たこと)を根拠にする推定の助動詞である。
しか=過去の助動詞「き」の已然形、接続は連用形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。
それもこの北野の神(=菅原道真)がなさったことだと(人々は)申し上げたようだ。
かくて、この大臣、筑紫におはしまして、延喜三年癸亥二月二十五日にうせ 給ひ し ぞ かし。御年五十九にて。
かくて=副詞、このようにして、こうして
おはしまし=サ行四段動詞「おはします」の連用形。「あり・居り・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である菅原道真を敬っている。敬語を使った作者からの敬意。
うせ=サ行下二段動詞「失す(うす)」の連用形、死ぬ。 現代語でもそうだが、古典において「死ぬ」という言葉を直接使うことは避けるべきこととされており、「亡くなる・消ゆ・隠る」などと言ってにごす。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である菅原道真を敬っている。作者からの敬意。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
ぞ=強調の係助詞
かし=念押しの終助詞
こうして、この大臣(=道真)は、筑紫にいらっしゃって、延喜三年癸亥二月二十五日にお亡くなりになったのだよ。御年59歳で。
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