「黒=原文」・「青=現代語訳」
解説・品詞分解はこちら枕草子『宮に初めて参りたるころ』解説・品詞分解(1)
宮に初めて参りたるころ、
中宮様の御所に(お仕えするために)初めて参上したころは、
もののはづかしきことの数知らず、涙も落ちぬべければ、
何かと恥ずかしいことが数多くあり、涙も落ちそうなので、
夜々参りて、三尺の御几帳の後ろに候ふに、絵など取り出でて見せさせ給ふを、
(顔の見える明るい昼間ではなく)夜ごとに参上して、三尺の御几帳の後ろにお控え申し上げていると、中宮様は絵などを取り出して見せてくださるが、
手にてもえさし出づまじう、わりなし。
(私は)手を差し出すこともできないぐらい、(恥ずかしくて)どうしようもない。
「これは、とあり、かかり。それが、かれが。」などのたまはす。
「この絵は、ああです、こうです。それが、あれが。」などと(中宮様は)おっしゃる。
高坏に参らせたる大殿油なれば、
高坏におともししてある大殿油(=灯火)であるので、
髪の筋なども、なかなか昼よりも顕証に見えてまばゆけれど、念じて見などす。
髪の毛の筋なども、かえって昼間よりもはっきり見えて恥ずかしいけれど、我慢して見たりする。
いと冷たきころなれば、さし出でさせ給へる御手のはつかに見ゆるが、
たいそう冷える時期なので、(中宮様の)差し出していらっしゃるお手が(袖口から)わずかに見えるのが、
いみじうにほひたる薄紅梅なるは、限りなくめでたしと、
たいそうつややかな薄紅梅色であるのは、この上なくすばらしいと、
見知らぬ里人心地には、かかる人こそは世におはしましけれと、
(宮中のことを)見知っていない(私のような)里人の気持ちには、このような(すばらしい)方もこの世にはいらっしゃるのだなあと、
おどろかるるまでぞ、まもり参らする。
はっと気づかずにはいられないほど、お見つめ申し上げる。
(2)
暁にはとく下りなむといそがるる。
明け方には早く退出しようと自然と気が急く。
「葛城の神もしばし。」など仰せらるるを、
「葛城の神(のように夜明けを嫌うあなた)も、もうしばらくは(ここにいてもよいのではないですか)。」などと(中宮様は)おっしゃるが、
いかでかは筋かひ御覧ぜられむとて、
どうして斜めからでも(私の顔を中宮様に)御覧になられようか(、いや、御覧になられたくない)と思って、
なほ伏したれば、御格子も参らず。
そのまま伏せているので、御格子もお上げしていない。
女官ども参りて、「これ、放たせ給へ。」など言ふを聞きて、
女官たちが参上して、「これ(=格子)をお開けください。」などと言うのを聞いて、
女房の放つを、「まな。」と仰せらるれば、笑ひて帰りぬ。
(他の)女房が開けるのを、「(開けては)いけません。」と(中宮様が)おっしゃるので、(女房は)笑って帰ってしまった。
ものなど問はせ給ひ、のたまはするに、久しうなりぬれば、
(その後、中宮様は)何かと質問をなさったり、お話しなさるうちに、長いこと時間がたったので、
「下りまほしうなりにたらむ。さらば、はや。
「退出したくなったでしょう。それでは、早く(お下がりなさい)。
夜さりは、とく。」と仰せらる。
夜になる頃には、早く(来てください)。」と(中宮様が)おっしゃる。
ゐざり隠るるや遅きと、上げちらしたるに、雪降りにけり。
(中宮様の前から)膝をついたまま(後ろに下がって)隠れるやいなや、(女房たちが格子を)乱暴に上げると、(外は)雪が降っていた。
登華殿の御前は、立蔀近くてせばし。雪いとをかし。
登花殿の前のお庭は、立蔀(=板戸)が近くて狭い。(しかし、)雪景色はたいそう趣がある。
(3)
昼つ方、「今日は、なほ参れ。雪に曇りてあらはにもあるまじ。」など、
昼ごろ、(中宮様から)「今日は、やはり(昼間にも)参上しなさい。雪で曇っていて、丸見えでもないでしょう。」などと、
たびたび召せば、この局のあるじも、「見苦し。
たびたびお呼びになるので、この局(=部屋)の主人も、「見苦しいですよ。
さのみやは籠りたらむとする。
そのように(局に)こもってばかりいようとするのですか。(いや、そのようにこもってばかりいてはいけませんよ。)
あへなきまで御前許されたるは、
あっけないほど(容易に)中宮様の御前に伺候することが許されたのは、
さおぼしめすやうこそあらめ。
そうお思いになる理由があるのでしょう。
思ふにたがふはにくきものぞ。」と、
ご好意に背くのは腹の立つものですよ。」と言って、
ただいそがしに出だし立つれば、
ひたすら急がせて出仕させるので、
あれにもあらぬ心地すれど参るぞ、いと苦しき。
自分が自分でない心地がするけれど参上するのは、とてもつらい。
火焼屋の上に降り積みたるも、めづらしう、をかし。
火焼屋の上に(雪が)積もっているのも、珍しく、趣深い。