「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら紫式部日記『秋のけはひ』現代語訳
秋のけはひ入りたつままに、土御門殿のありさま、いはむ方なくをかし。
気配(けはひ)=名詞、風情、雰囲気
ままに=~につれて、~に従って
む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。直後に体言があると婉曲になりがち。婉曲とは遠回しな表現。「~のような」と言った感じで訳したり、特に訳さなかったりする。
をかし=シク活用の形容詞「をかし」の終止形。趣深い、趣がある、風情がある。素晴らしい。かわいらしい。こっけいだ、おかしい。カ行四段動詞「招く(をく)」が形容詞化したもので「招き寄せたい」という意味が元になっている。
秋の風情が深まるにつれて、土御門邸の様子は、言い表しようがないほど趣がある。
池のわたりの梢ども、遣水のほとりの草むら、おのがじし 色づきわたりつつ、おほかたの空も艶なるに、
おのがじし=副詞、おのおのに、それぞれに
色づきわたり=ラ行四段動詞「色づきわたる」の連用形、一面に色づく
わたる=補助動詞ラ行四段、一面に~する、ずっと~し続ける
おほかた=名詞、大部分、全体、一帯。普通、一般
艶なる=ナリ活用の形容動詞「艶なり(えんなり)」の連体形、優雅だ、優美だ、風流だ
池のあたりの梢や、遣水のほとりの草むらは、それぞれ一面に色づきつつ、一帯の空の様子も優美であるのに、
もてはやさ れて、不断の御読経の声ごえ、あはれ まさり けり。
もてはやさ=サ行四段動詞「もてはやす」の未然形、引き立てる、美しく見せる。褒める。
れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
あはれ=名詞、しみじみとした感動、情趣、風情。「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。
まさり=ラ行四段動詞「増さる」の連用形、増える、強まる
けり=過去(詠嘆)の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
引き立てられて、(僧たちの)絶え間ない御読経の声々も、風情が増した(ことだった)。
※中宮彰子の安産祈願のため読経がなされていた。
やうやう涼しき風のけはひに、例の 絶えせ ぬ水のおとなひ、
やうやう=副詞、だんだん、しだいに
の=連用格の格助詞、「~のように」と訳す。
散文の場合は「例の+用言」と言う使い方で「例のように~」と訳す。
韻文(和歌など)の場合は2句と3句の末尾に「の」来て、連用格として使われることがよくある。また、その場合序詞となる。
絶えせ=サ変動詞「絶えす」の未然形、絶える、尽きる
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
おとなひ(音なひ・訪ひ)=名詞、音、響き。様子、気配。騒ぎ、評判。訪問
しだいに涼しい風のそよめきに、いつもの絶えることのない遣水の音が、
夜もすがら 聞きまがはさ る。
夜(よ)もすがら=副詞、一晩中。対義語「日もすがら」。名詞ではあるが「夜一夜(よひとよ)」=「一晩中」というのもある。「夜一夜(よひとよ)」⇔「日一日(ひひとひ)」
聞きまがはさ=サ行四段動詞「聞きまがはす」の未然形、入り交じって聞こえる、まぎらわしく聞こえる。
※参考:ハ行四段動詞「紛ふ(まがふ)」、似通っている。入り混じって区別ができない。
る=自発の助動詞「る」の終止形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
一晩中(読経の声と)入り交じって聞こえてくる。
御前 にも、近う候ふ人々、はかなき 物語するを聞こしめしつつ、
御前(おまえ)=名詞、意味は、「貴人」という人物を指すときと、「貴人のそば」という場所を表すときがある。ここでは、中宮彰子を指して使われている。
に=格助詞、用法は主格。格助詞「に」は主格として使われることはあまりないが、直前に「場所」と「人物」の両方の意味を持つ名詞が使われている時は「主格」の用法で使われることがあるので注意。訳:「~におかれても・~が・~は」
上記の「御前」の他には、「内裏(天皇・皇居)」・「上(天皇など・天上の間など)」「宮(皇族・皇族の住居)」などがある。
候ふ=ハ行四段動詞「候ふ(さぶらふ)」の連体形、謙譲語。お仕え申し上げる、おそばにいる。動作の対象である中宮彰子を敬っている。作者からの敬意。
※「候(さうらふ/さぶらふ)・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
はかなき=ク活用の形容詞「はかなし」の連体形、頼りない、むなしい。取るに足りない、つまらない。ちょっとした
物語する=サ変動詞「物語す」の連体形、雑談をする、お話をする
聞こし召し=サ行四段動詞「聞こし召す」の連用形。「聞く」の尊敬語。動作の主体である中宮彰子を敬っている。作者からの敬意。「食ふ・飲む・治む・行ふ」などの尊敬語でもある。
中宮様(=彰子)におかれても、おそば近くお仕えしている女房たちが、とりとめもない話をするのをお聞きになりながら、
なやましう おはします べか めるを、
なやましう=シク活用の形容詞「なやまし」の連用形が音便化したもの、難儀だ、気分が悪い、だるい。
おはします=サ行四段動詞「おはします」の終止形。「あり・居り・行く・来」の尊敬語。「おはす」より敬意が高い。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である中宮彰子を敬っている。作者からの敬意。
べか=推量の助動詞「べし」の連体形が音便化して無表記化されたもの。「べかるめり」→「べかんめり(音便化)」→「べかめり(無表記化)」。接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
める=推定の助動詞「めり」の連体形、接続は終止形(ラ変は連体形)。視覚的なこと(見たこと)を根拠にする推定の助動詞である。
(懐妊中なので)ご気分もすぐれなくていらっしゃるだろうに、
さりげなくもて隠さ せ 給へ る御有様などの、
もて隠さ=サ行四段動詞「もて隠す」の未然形、そっと隠す。「もて」は接頭語
せ==尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。動作の主体である中宮彰子を敬っている。作者からの敬意「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「たまふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である中宮彰子を敬っている。二重敬語(尊敬)であっても現代語訳するときは、通常の尊敬の意味で訳す。現代語において二重敬語は誤った言葉づかい。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
何気ないふうにそっと隠しなさっていらっしゃるご様子などが、
いとさらなることなれ ど、憂き世のなぐさめには、
さらなる=ナリ活用の形容動詞「更なり(さらなり)」の連体形、言うまでもない、もちろんのことだ
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
本当に今更言うまでもないことであるけれども、つらいこの世の慰めとしては、
かかる 御前 こそたづね参る べかり けれと、
かかる=ラ変動詞「かかり」の連体形、このような、こういう
御前(おまえ)=名詞、意味は、「貴人」という人物を指すときと、「貴人のそば」という場所を表すときがある。ここでは、中宮彰子を指して使われている。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
参る=ラ行四段動詞「参る」の終止形、「行く」の謙譲語。おそばに上がる、お仕え申し上げる、宮仕えする。参上する、参る。動作の対象である中宮彰子を敬っている。作者からの敬意。
べかり=当然の助動詞「べし」の連用形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
けれ=詠嘆の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。
このようなお方こそをお探ししてお仕え申し上げるべきであったのだと、
うつし心をば ひきたがへ、
現し心(うつしごころ)=名詞、生きた心地、正気、しっかりした心。 現(うつつ)=名詞、現実、生きている状態。
ば=強調の係助詞。強調する意味があるが、訳す際に無視しても構わない。
ひきたがへ=ハ行下二段動詞「引き違ふ(ひきたがふ)」の連用形、打って変わる、すっかり変わる。
ふだんの心とは打って変わって、
たとしへなくよろづ忘らるるも、かつは あやし。
たとしへなく=ク活用の形容詞「たとしへなし」の連用形、たとえようもない、比べようもない。
るる=自発の助動詞「る」の連体形、接続は未然形。「る・らる」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があり、「自発」の意味になるときはたいてい直前に「心情動詞(思う、笑う、嘆くなど)・知覚動詞(見る・知るなど)」があるので、それが識別のポイントである。
自発:「~せずにはいられない、自然と~される」
かつは=副詞、一方では、一つには
あやし=シク活用の形容詞「あやし」の終止形、不思議である、変だ。身分が低い。粗末だ、見苦しい。
たとえようもなく全て(の憂鬱な気持ち)が忘れられるのも、一方では不思議なことである。