「黒=原文」・「青=現代語訳」
解説・品詞分解はこちら紫式部日記『秋のけはひ』解説・品詞分解
秋のけはひ入りたつままに、土御門殿のありさま、いはむ方なくをかし。
秋の風情が深まるにつれて、土御門邸の様子は、言い表しようがないほど趣がある。
池のわたりの梢ども、遣水のほとりの草むら、おのがじし色づきわたりつつ、おほかたの空も艶なるに、
池のあたりの梢や、遣水のほとりの草むらは、それぞれ一面に色づきつつ、一帯の空の様子も優美であるのに、
もてはやされて、不断の御読経の声ごえ、あはれまさりけり。
引き立てられて、(僧たちの)絶え間ない御読経の声々も、風情が増した(ことだった)。
※中宮彰子の安産祈願のため読経がなされていた。
やうやう涼しき風のけはひに、例の絶えせぬ水のおとなひ、
しだいに涼しい風のそよめきに、いつもの絶えることのない遣水の音が、
夜もすがら聞きまがはさる。
一晩中(読経の声と)入り交じって聞こえてくる。
御前にも、近う候ふ人々、はかなき物語するを聞こしめしつつ、
中宮様(=彰子)におかれても、おそば近くお仕えしている女房たちが、とりとめもない話をするのをお聞きになりながら、
なやましうおはしますべかめるを、
(懐妊中なので)ご気分もすぐれなくていらっしゃるだろうに、
さりげなくもて隠させ給へる御有様などの、
何気ないふうにそっと隠しなさっていらっしゃるご様子などが、
いとさらなることなれど、憂き世のなぐさめには、
本当に今更言うまでもないことであるけれども、つらいこの世の慰めとしては、
かかる御前こそたづね参るべかりけれと、
このようなお方こそをお探ししてお仕え申し上げるべきであったのだと、
うつし心をばひきたがへ、
ふだんの心とは打って変わって、
たとしへなくよろづ忘らるるも、かつはあやし。
たとえようもなく全て(の憂鬱な気持ち)が忘れられるのも、一方では不思議なことである。
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