「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら風姿花伝『秘すれば花』現代語訳(1)
秘する花を知ること。秘すれば花なり、
秘する=サ変動詞「秘す」の連体形。「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。例:「音す」、「愛す」、「心す」、「御覧ず」
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。しかし、鎌倉時代ごろから直前に已然形が来ても仮定条件の意味で用いられるようになったため注意。
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
秘密にする(ことによって生まれる)花を知ること。秘密にするから「花」であり、
秘せず は花なる べから ず、となり。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
は=接続助詞、先程の「ば」が変化したもの。ここでは仮定条件の意味で使われている。
※打消の助動詞「ず」の連用形 + は =仮定条件「もし~ならば」という意味になる。もう一つ同類のものとして、
形容詞の連用形「~く」 + は=仮定条件「もし~ならば」というものがある。なので、「~ずは」・「~くは」とあれば、仮定条件と言うことに気をつけるべき。この「は」は接続助詞「ば」からきているので、「ば」のまま使われるときもある。
なる=断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形
べから=可能の助動詞「べし」の未然形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
秘密にしないならば「花」でありえない、ということである
この分け目を知ること、肝要の花なり。
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
(花になるかどうかという)この分け目を知ることが、「花」についての大切なところである。
そもそも一切の事、諸道芸において、その家々に秘事と申すは、秘するによりて大用あるがゆゑ なり。
故(ゆゑ)=名詞、原因、理由。風情、趣。由来、由緒。
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
そもそも全ての事、さまざまな芸道において、そのそれぞれの家に秘事と申し上げるものは、(それを)秘密にすることによって大きな効用があるからである。
しかれば、秘事といふことをあらはせ ば、させることにてもなきものなり。
しかれば=接続詞、そうであるから、だから
あらはせ=サ行四段動詞「あらはす(表す・現す・顕す)」の已然形、明らかにする
ば=接続助詞。直前が已然形であり②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
させる=連体詞、「させる」の後に打消語(否定語)を伴って、「たいした~もない・これというほどの~もない」となる。ここでは「なき」が否定語
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
だから、秘事ということを明らかにすると、たいしたことでもないものである。
これを、「させることにてもなし。」と言ふ人は、
させる=連体詞、「させる」の後に打消語(否定語)を伴って、「たいした~もない・これというほどの~もない」となる。ここでは「なし」が否定語
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
これを、「大したことでもない。」と言う人は、
いまだ秘事といふことの大用を知らぬがゆゑ なり。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
故(ゆゑ)=名詞、原因、理由。風情、趣。由来、由緒。
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
まだ秘事ということの大きな効用を知らないからである。
まづ、この花の口伝におきても、ただめづらしきが花ぞと皆知るなら ば、
ぞ=強調の係助詞
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形
ば=接続助詞、直前が未然形であり④仮定条件「もし~ならば」の意味で使われている。
まず、この「花」の口伝においても、ただただ珍しいことが「花」なのだと、みんなが知っているのであるならば、
※口伝=名詞。さまざまな芸道において、そのそれぞれの家にある秘事を口頭で弟子などに伝えること。
「さてはめづらしきことあるべし。」と思ひまうけ たら ん見物衆の前にては、
さては=接続詞、それでは、それから、その他には
べし=推量の助動詞「べし」の終止形。接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
思ひまうけ=カ行下二段動詞「思ひまうく」の連用形、前もって考えておく、予期する
まうく(設く/儲く)=カ行下二段動詞、準備をする、用意をする
たら=存続の助動詞「たり」の未然形、接続は連用形
ん=婉曲の助動詞「む」の連体形が音便化したもの。接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。直後に体言があると婉曲になりがち。婉曲とは遠回しな表現。「~のような」と言った感じで訳す。
訳:「予期している(ような)観客たち」
「それでは珍しいことがあるだろう。」と予期しているような観客たちの前では、
たとひめづらしきことをするとも、見手の心にめづらしき感はあるべから ず。
べから=当然の助動詞「べし」の未然形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
(演者が)たとえ珍しいことをしようとも、観客の心にめずらしいという感動はあるはずがない。
見る人のため花ぞとも知らで こそ、為手の花にはなるべけれ。
ぞ=強調の係助詞
で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消しの助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
べけれ=当然の助動詞「べし」の已然形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
観客にとって、「花」なのだと知らないでこそ、演者の「花」になるはずである。
されば、見る人は、ただ思ひのほかにおもしろき上手とばかり見て、これは花ぞとも知らぬが、為手の花なり。
されば=接続助詞、それゆえ、それで。そもそも、いったい
思ひのほかに=ナリ活用の形容動詞「思ひの他なり」の連用形、意外だ、思いがけないことだ
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
だから、観客は、ただ意外に面白い上手な演者とだけ見て、これは「花」なのだとも知らないのが、演者の花なのである。
さるほどに、人の心に思ひも寄らぬ感を催す手だて、これ花なり。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
そういうことだから、人の心に予期していない感動を起こさせる方法、これが花なのである。