「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら平家物語『忠度の都落ち』現代語訳(1)(2)
薩摩守忠度は、いづくよりや帰られ たり けん、
いづく=代名詞、どこ
や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
れ=尊敬の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る」には「受身・尊敬・自発・可能」の4つの意味がある。ここでは文脈判断で、貴人が主語であることから「尊敬」の意味と判断する。動作の主体である薩摩守忠度を敬っている。地の文なので作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
けん=過去推量の助動詞「けむ」の連体形が音便化したもの、接続は連用形。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。
薩摩守忠度は、(都落ちして、都を去った後)どこから(引き返して都に)お帰りになったのだろうか、
侍五騎、童一人、わが身ともに七騎取つて返し、五条三位俊成卿の宿所におはして見給へ ば、門戸を閉ぢて開かず。
おはし=サ変動詞「おはす」の連用形、「あり」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である薩摩守忠度を敬っている。作者からの敬意。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の已然形、尊敬語。動作の主体である薩摩守忠度を敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
侍五騎、童一人、自分と合わせて七騎で(都へ)引き返し、五条三位俊成卿の屋敷にいらっしゃってご覧になると、(屋敷は)門を閉じて開かない。
「忠度。」と名のり給へ ば、「落人帰り来 たり。」とて、その内騒ぎ合へり。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の已然形、尊敬語
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
来=カ変動詞「来(く)」の連用形。直後に接続が連用形である完了の助動詞「たり」があることから連用形だと判断して「来(き)」と読む。
たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形
り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
「忠度。」とお名乗りになると、(屋敷の住人達は)「落人帰ってきた。」と言って、門の中では騒ぎあっている。
薩摩守馬より下り、みづから高らかにのたまひ けるは、
のたまひ=ハ行四段動詞「のたまふ(宣ふ)」の連用形。「言ふ」の尊敬語。おっしゃる。動作の主体である薩摩守忠度を敬っている。作者からの敬意
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
薩摩守は馬から降り、自分自身で声高くおっしゃったことには、
「別の子細候は ず。三位殿に申す べきことあつて、忠度が帰り参つて候ふ。
候は=ハ行四段動詞「候ふ(そうろふ)」の未然形、「あり・居り」の丁寧語。言葉の受け手である五条三位俊成卿を敬っている。薩摩守忠度からの敬意。
※「候(さぶら)ふ・侍(はべ)り」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
申す=サ行四段動詞「申す」の終止形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である五条三位俊成卿を敬っている。薩摩守忠度からの敬意。
べき=意志の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
参つ=ラ行四段動詞「参る」の連用形が音便化したもの、「行く」の謙譲語。動作の対象である五条三位俊成卿を敬っている。薩摩守忠度からの敬意。
候ふ=補助動詞ハ行四段「候ふ」の終止形、丁寧語。言葉の受け手である五条三位俊成卿を敬っている。薩摩守忠度からの敬意。
「特別のわけはございません。三位殿に申しあげたいことがあって、(私)忠度が帰って参ってございます。
門を開かれ ずとも、この際まで立ち寄らせ 給へ。」とのたまへ ば、
れ=尊敬の助動詞「る」の未然形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の4つの意味がある。ここでは文脈判断か、貴人が主語であることから「尊敬」の意味と判断する。動作の主体である五条三位俊成卿を敬っている。薩摩守忠度からの敬意。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給へ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である五条三位俊成卿を敬っている。薩摩守忠度からの敬意。二重敬語(尊敬)であっても現代語訳するときは、通常の尊敬の意味で訳す。現代語において二重敬語は誤った言葉づかい。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の命令形、尊敬語
のたまへ=ハ行四段動詞「のたまふ」の已然形、「言ふ」の尊敬語。おっしゃる。動作の主体である薩摩守忠度を敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
門をお開きにならなくとも、この(門の)近くまでお寄りってください。」とおっしゃるので、
俊成卿、「さることあるらん。その人なら ば、苦しかるまじ。入れ申せ。」とて、
さる=連体詞あるいはラ変動詞「然り(さり)」の連体形、適切である、ふさわしい、しかるべきだ。そうだ、そうである。
らん=現在推量の助動詞「らむ」の終止形が音便化したもの、接続は終止形(ラ変なら連体形)。
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形
ば=接続助詞、直前が未然形であり、④仮定条件「もし~ならば」の意味で使われている。
まじ=打消推量の助動詞「まじ」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)
申せ=補助動詞サ行四段「申す」の命令形、謙譲語。動作の対象である薩摩守忠度を敬っている。五条三位俊成卿からの敬意。
俊成卿は、「(わざわざ都へ引き返したのには)しかるべきことがあるのだろう。その人ならば心配ないだろう。入れ申し上げなさい。」と言って、
門を開けて対面あり。事の体、何となう あはれなり。
何となう=ク活用の形容詞「何と無し」の連用形が音便化したもの、すべてにわたっている。これと言うこともない。なんとなく。
あはれなり=ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の終止形。「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。しみじみと思う、しみじみとした情趣がある
門を開けてご対面になる。その場の様子は、すべてにわたってしみじみとした感じがある。
続きはこちら平家物語『忠度の都落ち』解説・品詞分解(2)