「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら徒然草『あだし野の露消ゆるときなく』現代語訳
あだし野の露消ゆるときなく、鳥部山の煙立ち去らで のみ、
で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消しの助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
のみ=副助詞。強意
あだし野の露が消えるときがなく、鳥部山の煙が立ち去らないで、
住み果つるならひなら ば、いかに もののあはれもなから ん。
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形
ば=接続助詞、直前が未然形だから④仮定条件「もし~ならば」である。ちなみに、直前が已然形ならば①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかである。
いかに=副詞、どんなに、どう。どれほど。「いかに」の中には係助詞「か」が含まれていて係り結びが起こる。
もののあはれ=名詞、物事にふれて起こるしみじみとした感情、物事についてのしみじみとした情趣
ん=推量の助動詞「む」の連体形が音便化したもの、接続は未然形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
なから=ク活用の形容詞「無し」の未然形
この世が終わるまでまで住み続ける習わしであるならば、どんなにか物事の情趣もないだあろう。
世は定めなきこそ いみじけれ。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
いみじけれ=シク活用の形容詞「いみじ」の已然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても
この世は無常であるからこそ素晴らしい。
命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。
命あるものを見ると、人間ほど長生きするものはない。
かげろふの夕べを待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞ かし。
「かげろふの夕べを待ち」の「待ち」は少し離れたところにある「知らぬ」の「ぬ(打消の助動詞)」にかかる。中止法。よって、「待たず」と言った訳となる。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
ぞ=強調の係助詞
かし=念押しの終助詞、文末に用いる、~よ。~ね。
カゲロウが(朝生まれて)夕べを待たず(死に)、夏の蝉が春や秋を知らない(で短命で死ぬ)こともあるのだよ。
つくづくと一年を暮らすほどだにも、こよなう のどけし や。
つくづくと=副詞、しみじみと、しんみりと。よくよく、つらつら。
だに=副助詞、類推(~さえ・~のようなものでさえ)。強調(せめて~だけでも)。添加(~までも)。
こよなう=ク活用の形容詞「こよなし」の連用形が音便化したもの、(優劣にかかわらず)違いがはなはだしいこと、格別だ。この上なく。
のどけし=シク活用の形容詞「のどけし」の終止形、のどかだ。ゆったりしている、落ち着いている。
や=間投助詞
(それに比べると、人間が)しみじみと一年を暮らす間でさえも、この上なくゆったりとしているものであるよ。
飽かず、惜しと思はば、千年を過ぐすとも、一夜の夢の心地こそ せ め。
飽かず=満足しない、物足りない。飽きない。
飽か=カ行四段動詞「飽く」の未然形、満足する。飽きる。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
ば=接続助詞、直前が未然形であり、④仮定条件「もし~ならば」の意味で使われている。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
せ=サ変動詞「す」の未然形、する
め=推量の助動詞「む」の已然形、接続は未然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
(なのに)満足せず、(命を)惜しいと思うならば、千年を過ごすとしても、一夜の夢の(ようにはかない)気持ちがするであろう。
住み果てぬ世に、醜き姿を待ちえて、何か は せ ん。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
か=反語の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
は=強調の係助詞。現代語でもそうだが、疑問文を強調していうと反語となる。「~か!(いや、そうじゃないだろう。)」。なので、「~かは・~やは」とあれば反語の可能性が高い。
せ=サ変動詞「す」の未然形、する
ん=推量の助動詞「む」の連体形が音便化したもの、接続は未然形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
いつまでも住み続けることのできないこの世に、(生きながらえて)醜い姿を待ち迎えて、どうしようというのか。(いや、どうしようもない。)
命長ければ辱多し。長くとも四十に足らぬほどにて死な ん こそ、目安かる べけれ。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
死な=ナ変動詞「死ぬ」の未然形。ナ行変格活用の動詞は「死ぬ・往(い)ぬ・去(い)ぬ」
ん=婉曲の助動詞「む」の連体形が音便化したもの。接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。直後に体言があると婉曲になりがち。婉曲とは遠回しな表現。「~のような」と言った感じで訳す。
訳:「四十に足りないくらいで死ぬ(ような)のが、」
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
目安かる=ク活用の形容詞「目安し(めやすし)」の連体形、見苦しくない、無難だ、感じがよい。
べけれ=推量の助動詞「べし」の已然形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
命が長いと、恥も多い。長くとも四十に足りないくらいで死ぬようなのが、見苦しくないだろう。
そのほど過ぎぬれば、かたちを恥づる心もなく、人に出で交じらはんことを思ひ、
ぬれ=完了の助動詞「ぬ」の已然形、接続は連用形
かたち=名詞、姿、容貌、外形、顔つき
ん=婉曲の助動詞「む」の連体形が音便化したもの。接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。直後に体言があると婉曲になりがち。婉曲とは遠回しな表現。「~のような」と言った感じで訳す。
訳:「交際する(ような)ことを、」
そのぐらい(の年齢)を過ぎてしまうと、容貌(の衰え)を恥じる心もなく、人前に出て交際することを願い、
夕べの陽に子孫を愛して、さかゆく末を見んまでの命をあらまし、
ん=婉曲の助動詞「む」の連体形が音便化したもの。接続は未然形。訳:「将来を見届ける(ような)時までの、」
あらまし=サ行四段動詞「あらます」の連用形、期待する、予期する。こうありたいと願う。
傾きかけた夕日のような(まもなく消える)年老いた身で子や孫をかわいがって、(子孫が)栄えていく将来を見届けるまでの命を期待し、
ひたすら世をむさぼる心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形。
なん=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。「なむ」が音便化したもの。
あさましき=シク活用の形容詞「あさまし」の連体形、係助詞「なん」を受けて連体形となっている。係り結び。なさけない、嘆かわしい。驚きあきれる、意外でびっくりすることだ。あまりのことにあきれる。
むやみに現世での名誉や利益を欲しがる心ばかり深く、物事の情趣も分からなくなってゆくのは、嘆かわしいことだ。