「青字=解答」・「※赤字=注意書き、解説等」
問題はこちら堤中納言物語『虫めづる姫君』(1)問題
蝶めづる姫君の住み①たまふ傍らに、按察使(あぜち)の大納言の御むすめ、②心にくくなべてならぬさまに、親たち③かしづき④たまふこと限りなし。この姫君ののたまふこと、「人々の、花、蝶やとめづるこそ、はかなくあやしけれ。人は、まことあり、⑤本地たづねたるこそ、心ばへをかしけれ。」とて、よろづの虫⑥の、恐ろしげなるを取り集めて、「これが、なら⑦むさまを見⑧む」とて、さまざまなる籠箱どもに⑨入れさせたまふ。
中にも「烏毛虫(かはむし)⑩の、心深きさましたるこそ心にくけれ」とて、明け暮れは、耳はさみをして、手のうらにそへふせて、⑪まぼりたまふ。若き人々はおぢ惑ひければ、男の童⑫の、ものおぢせず、⑬いふかひなきを召し寄せて、箱の虫どもを取ら⑭せ、名を問ひ聞き、いま新しきには名をつけて、興じ⑮たまふ。
「人はすべて、つくろふところあるはわろし。」とて、⑯眉さらに抜きたまはず、歯黒めさらに「⑰うるさし、汚し。」とて、つけたまはず、いと白らかに笑みつつ、この虫どもを、朝夕に愛したまふ。人々おぢわびて逃ぐれば、その御方は、いとあやしくなむ⑱ののしりける。かくおづる人をば、「⑲けしからず、はうぞくなり。」とて、いと眉黒にてなむ睨みたまひけるに、⑳いとど心地惑ひける。
問題1.③かしづき、⑪まぼり、⑬いふかひなき、⑰うるさし、⑱ののしり、⑲けしからず、⑳いとど、のここでの意味を答えよ。
③大切に育て
かしづき=カ行四段動詞「かしづく」の連用形、大切に育てる、大切に世話する
⑪じっと見つめ・見守り
まぼり=ラ行四段動詞「まぼる(守る)」の連用形、見守る、じっと見る、見つめる。守る。「まもる(ラ行四段)」も同様の意味である。
⑬身分の低い者
いふかいなし=身分が低い、卑しい、つまらない、情けない。言ってもかいがない、言っても仕方がない。「言ふ(ハ行四段動詞連体形)/甲斐(名詞)/無き(ク活用形容詞連体形)」
⑰わずらわしい・面倒だ
うるさし=ク活用の形容詞「うるさし」の終止形、わずらわしい、面倒だ。いやだ、いとわしい
⑱大声を立てて叱る・大声で騒ぐ
ののしり=ラ行四段動詞「ののしる」の連用形、大声で騒ぐ、大騒ぎする
⑲感心しない
けしからず=悪い、感心しない。不思議だ、怪しい。「けしから(シク活用形容詞未然形)/ず(打消の助動詞連用形)」なので「怪しくない」などの意味となりそうだが違うので注意。
⑳ますます
いとど=副詞、いよいよ、ますます。その上さらに
問題2.⑦む、⑧む、⑭せ、の助動詞の文法的意味として、次の記号から適当なものを一つ選んで答えよ。
ア.推量 イ.意志 ウ.勧誘 エ.仮定 オ.婉曲 カ.完了 キ.強意 ク.過去 ケ.使役 コ.尊敬
⑦オ.婉曲
※学校によっては、エ.仮定、ア.推量、でも正解。いずれにせよここは「む」が二つ続いているため問題にしやすいと思われる。
む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。直後に体言があると婉曲になりがち。
訳:「成長して変化する(ような)様子」
⑧イ.意志
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
⑭ケ.使役
せ=使役の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
問題3.⑥、⑩、⑫、における格助詞「の」の用法として適切なものを、次の記号「ア~ウ」の中から一つ選んで答えよ。
ア.連体修飾格 イ.主格 ウ.同格
⑥ウ.同格
⑩イ.主格
⑫ウ.同格
※「の」の用法
◎連体修飾格
「体言+の+体言」→「~の~」
(例)「私の消しゴム」→「私の消しゴム」
◎主格
「体言+の+用言」
(例)「私の飼ひたる猫は」→「私が飼っている猫は」
◎同格
「体言+の+用言(連体形)」
(例)「花の小さく美しきが」→「花で小さくて美しいものが」
問題4.①、④、⑮、の「たまふ」の敬意の対象(誰を敬っているか)を答えよ。
①蝶めづる姫君
④親たち
⑮虫めづる姫君・按察使の大納言の御むすめ
たまふ=四段活用だと尊敬語となり、下二段活用だと謙譲語となる。ここではすべて尊敬語として使われている。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。ここでは3つとも作者からの敬意である。
問題5.「⑨入れさせたまふ」を例にならって品詞分解し、説明せよ。
例:「い は/れ/ず。」
いは=動詞・四段・未然形
れ=助動詞・受身・未然形
ず=助動詞・打消・終止形
⑨品詞分解:「入 れ/さ せ/た ま ふ」
入れ=動詞・下二段・未然形
させ=助動詞・使役・未然形
たまふ=動詞・四段・終止形
させ=使役の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。「す・さす」には、「使役と尊敬」の二つの意味がある。直後に尊敬語がくると「尊敬」の意味になることが多いが、今回のように「使役」の意味になることもあるので、やはり文脈判断が必要である。直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
たまふ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の終止形、尊敬語。動作の主体(虫かごに入れさせる人)である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意。
問題6.「②心にくくなべてならぬさまに」、「⑤本地たづねたるこそ、心ばへをかしけれ」、「⑯眉さらに抜きたまはず」、の現代語訳を答えよ。
②奥ゆかしく、並々でない様子であって
心にくし=ク活用の形容詞「心にくし」の連用形、心惹かれる、奥ゆかしい、上品である
なべて(並べて)=副詞、一般に、すべて。並ひととおり、ふつう
⑤本質を探究してこそ、心の様子も趣があるのです
本地=名詞、本来の姿、本体。本性、本質
心ばへ=名詞、心の様子、心づかい。趣向、趣。趣意、意味
をかしけれ=シク活用の形容詞「をかし」の已然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。趣深い、趣がある、風情がある。素晴らしい。かわいらしい。こっけいだ、おかしい。カ行四段動詞「招(を)く」が形容詞化したもので「招き寄せたい」という意味が元になっている。
⑯眉毛を全くお抜きにならず
さらに=下に打消し語を伴って、「まったく~ない、決して~ない」。ここでは「ず」が打消語
たまは=補助動詞ハ行四段「給ふ」の未然形、尊敬語。動作の主体である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形