「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
まとめはこちら『虫めづる姫君』まとめ
親たちは、「いとあやしく、さま異に おはする こそ。」と思しけれ ど、
あやしく=シク活用の形容詞「あやし」の連用形。不思議だ、変だ。身分が低い、卑しい。見苦しい、みすぼらしい
さまことに=ナリ活用の形容動詞「様異なり」の連用形、様子が普通と異なっている、風変わりだ、異様だ。出家した姿である。
おはする=補助動詞サ変「おはす」の連体形、尊敬語。動作の主体である姫君を敬っている。親たちからの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となるはずだが、ここでは省略されている。係り結びの省略。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
両親は、「たいそう風変わりで、(姫君の)様子が普通とは異なっていらっしゃるのは(困ったことだ)。」とお思いになったけれども、
「思し取りたることぞあらむ や。あやしきことぞ。
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。「や」は間投助詞であるため、ここでは「む」が結びである。係り結び。
む=推量の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。係り結び。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
や=詠嘆の間投助詞、詠嘆の意味の他に呼びかけや語調を整える意味などがある。
ぞ=強調の係助詞、あるいは終助詞。強調なのであまり気にしなくて良い。
「深く考えておられることがあるのだろうよ。風変わりなことだ。
思ひて聞こゆることは、深く、さ、いらへ たまへ ば、
聞こゆる=ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連体形。「言ふ」の謙譲語。動作の対象である虫めづる姫君を敬っている。親たちからの敬意。
さ=副詞、そう、その通りに、そのように
いらへ=ハ行下二段動詞「答ふ/応ふ(いらふ)」の連用形、答える、返事をする
たまへ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の已然形、尊敬語。動作の主体である虫めづる姫君を敬っている。親たちからの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
(ふるまいを改めるよう、姫君のためを)思って申し上げることは、真剣に、そのように、お答えになるので、
※親たちが姫君のためを思って身のふるまい方を改めるよう言っても、姫君は真面目に独自の理屈をもっており、反論されるということ。
いとぞ かしこき や。」と、これをも、いと恥づかしと思したり。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。「や」は間投助詞であるため、ここでは「かしこき」が結びである。係り結び。
かしこき=ク活用の形容詞「畏し/賢し(かしこし)」の連体形。係り結び。恐れ多い、尊い。もったいない、かたじけない。賢い、優れている。
や=詠嘆の間投助詞、詠嘆の意味の他に呼びかけや語調を整える意味などがある。
恥づかし=シク活用の形容詞「恥づかし」の終止形、恥ずかしい、気が引ける。こちらが恥ずかしいと思うくらい立派だ、気が引けるほどすばらしい。
たり=存続の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形
たいそう恐ろしくて近寄りがたいよ。」と言って、この事についても、たいそう恥ずかしいとお思いになっている。
※姫君の普通でない様子の事だけでなく、姫君のためを思って言ったことに対して反論してくる事についても、恥ずかしいと思っているということ。
「さはありとも、音聞きあやしや。
さ=副詞、そう、その通りに、そのように
音聞き=名詞、世間の評判、人聞き、外聞
や=詠嘆の間投助詞
「(姫君の言う理屈が)そうではあっても、世間での評判が悪いことですよ。
人は、見目(みめ) をかしきことをこそ好むなれ。
見目(みめ)=名詞、見た目、目に見える様子、外見、容貌。名誉
をかしき=シク活用の形容詞「をかし」の連体形。趣深い、趣がある、風情がある。素晴らしい。かわいらしい。こっけいだ、おかしい。カ行四段動詞「招(を)く」が形容詞化したもので「招き寄せたい」という意味が元になっている。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。
人は、見た目のすばらしいことを好むものです。
『むくつけげなる烏毛虫を興ず なる。』と、
むくつけげなる=ナリ活用の形容動詞「むくつけげなり」の連体形、気味が悪い様子だ
興じ=サ変動詞「興ず」の連用形、面白がる、興じる。「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。例:「音す」、「愛す」、「心す」、「御覧ず」
なる=伝聞の助動詞「なり」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「なり」には「伝聞・推定」の意味があるが近くに音声語が無い時は伝聞の意味になる可能性が高いが文脈判断が必要。ちなみに、ここでは直前に終止形が来ているため「断定・存在」の「なり」ではない。
『気味の悪い毛虫を面白がっているそうだ。』と、
世の人の聞かむもいとあやし」と聞こえ たまへ ば、
む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。「もし世間の人達が聞いたとしたらみっともない。」といった解釈も可能なので仮定の意味でとらえてもよいかもしれない。
あやしく=シク活用の形容詞「あやし」の連用形。不思議だ、変だ。身分が低い、卑しい。見苦しい、みすぼらしい
聞こゆる=ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連体形。「言ふ」の謙譲語。動作の対象である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意。
たまへ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の已然形、尊敬語。動作の主体である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
世間の人達が聞くのもたいそうみっともない。」と、(親たちが姫君に)申し上げなさると、
「苦しからず。よろづのことどもをたづねて、末を見ればこそ、事はゆゑ あれ。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
故(ゆゑ)=名詞、風情、趣。原因、理由。由来、由緒。
あれ=ラ変動詞「あり」の已然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。
「かまいません。すべての物事を追求して、行く末を見るからこそ、物事には趣き(面白さ)があるのです。
いとをさなきことなり。烏毛虫の、蝶とはなる なり。」
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
なる=四段動詞「成る」の連体形
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形。直前に「なる」とあるが、四段活用であるため、終止形か連体形か判断できない。よってここの「なり」は「断定・存在・伝聞・推定」の四つの中から文脈判断するしかない。
(そういったことも理解しないなんて)たいそう幼稚なことです。(このとおり)毛虫は、蝶になるのです。」
そのさまのなり出づるを、取り出でて見せ たまへ り。
なり出づる=ダ行下二段動詞「なり出づ」の連体形、生まれて世に出る、出世する。成長する
せ=使役の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす」には、「使役と尊敬」の二つの意味がある。直後に尊敬語がくると「尊敬」の意味になることが多いが、今回のように「使役」の意味になることもあるので、やはり文脈判断が必要である。直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
たまへ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の已然形、尊敬語。動作の主体である姫君を敬っている。作者からの敬意。
り=完了の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
毛虫が蝶に成長して変化するのを、取り出して見せなさった。
「きぬとて、人々の着るも、蚕のまだ羽つかぬにし出だし、蝶になりぬれ ば、
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形。
し出だし=サ行四段動詞「為出だす」の連用形、作り出す、作り上げる
ぬれ=完了の助動詞「ぬ」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
「絹だと言って、人々が着るのも、蚕がまだ羽化しないうちに作り出し、蝶になってしまうと、
いともそでにて、あだになりぬるをや」とのたまふに、
そで=ここでは袖にする(おろそかにする)といった意味で使われていると考える。喪袖ととらえる説もあるが、訳は大して変わらない。
あだに=ナリ活用の形容動詞「あだなり」の連用形、無駄だ、無益だ。誠意がない、浮気だ。かりそめだ、はかない。
ぬる=完了の助動詞「ぬ」の連体形、接続は連用形
や=詠嘆の間投助詞
のたまふ=ハ行四段動詞「のたまふ(宣ふ)」の連体形。「言ふ」の尊敬語。おっしゃる。動作の主体である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意。
たいそうおろそかにして、無駄なものになってしまうのに。」と(姫君が)おっしゃるので、
言ひ返すべうもあらず、あさまし。
べう=可能の助動詞「べし」の連用形が音便化したもの、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
あさまし=シク活用の形容詞「あさまし」の終止形、驚きあきれる、意外でびっくりすることだ。あまりのことにあきれる。なさけない。
(両親は)言い返すこともできず、あきれている。
さすがに、親たちにもさし向ひたまは ず、
さすがに=副詞、そうはいうもののやはり、そうはいってもやはり
たまは=補助動詞ハ行四段「給ふ」の未然形、尊敬語。動作の主体である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
そうはいうもののやはり、両親に直接面と向かうことはなさらず、
「鬼と女とは、人に見えぬ ぞ よき。」と案じたまへ り。
見え=ヤ行下二動詞「見ゆ」の未然形。見える。結婚する。「ゆ」には「受身・自発・可能」の意味が含まれたりもしており、「見ゆ」には多くの意味がある。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
よき=ク活用の形容詞「良し」の連体形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。「よし>よろし≧普通≧わろし>あし」みたいなイメージ。
たまへ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の已然形、尊敬語。動作の主体である虫めづる姫君を敬っている。作者からの敬意
り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
「鬼と女とは、人に見えないのが良い。」と、(うまい文句を姫君は)考えていらっしゃる。
母屋(もや)の簾(すだれ)を少し巻き上げて、几帳(きちょう)出で立て、かく さかしく言ひ出だしたまふ なり けり。
斯く(かく)=副詞、このように、こう
さかしく=シク活用の形容詞「賢し(さかし)」の連用形、利口ぶっている、小賢しい。しっかりしている。利口だ、優れている。
たまふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語。動作の主体である姫君を敬っている。作者からの敬意
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形。直前に「たまふ」とあるが、四段活用であるため、終止形か連体形か判断できない。よってここの「なり」は「断定・存在・伝聞・推定」の四つの中から文脈判断するしかない。
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
母屋の簾を少し巻き上げて、几帳を押し出して、こんなふうに利口ぶっておっしゃるのであった。
続きはこちら堤中納言物語『虫めづる姫君』(3)解説・品詞分解