古文

徒然草『ある者、子を法師になして』現代語訳

「黒=原文」・「青=現代語訳

解説・品詞分解はこちら徒然草『ある者、子を法師になして』解説・品詞分解

 

ある者、子を法師になして、「学問して因果の(ことわり)をも知り、説経などして世渡るたづきともせよ。」と言ひければ、

 

ある者が、自分の子どもを法師にして、「(仏教の)学問をして因果の道理をも知り、説教などをして、世の中を生きていく手段としなさい。」と言ったので、

 

 

教へのままに説経師にならむために、まづ馬に乗りならひけり。

 

(その子は親の)教えのとおり、説教師になるために、まず馬に乗る練習をした。

 

 

輿(こし)・車は持たぬ身の、導師に請ぜられむ時、

 

輿や牛車を持っていない自分が、(将来、檀家から)導師として招かれるような時に、

 

 

馬など迎へにおこせたらむに、

 

馬などを迎えによこしたような場合に、

 

 

桃尻にて落ちなむは心憂かるべしと思ひけり。

 

尻が安定しないで落ちてしまったとしたら、情けないことであろうと思った(からである)。

 

 

次に、仏事の後、酒など勧むることあらむに、法師のむげに能なきは、

 

次に、法事の後で、(その家の人が)酒などを勧めることがあるような場合に、法師がどうしようもなく芸がないのは、

 

 

(だん)()すさまじく思ふべしとて、(そう)()といふ事をならひけり。

 

檀家の人が興ざめに思うだろうと思って、早歌というものを練習した。



 

二つのわざ、やうやう(さかい)に入りければ、

 

この二つのこと(=乗馬と早歌)が、だんだんおもしろいと感じる境地に入ったので、

 

 

いよいよ、よくしたくおぼえて、

 

ますます上手にしたいと思って、

 

 

たしなみけるほどに、説経習ふべきひまなくて年よりにけり。

 

好んで練習していた間に、(本来やるべき)説教を習うはずの暇がなくなって、年をとってしまった。

 

 

この法師のみにもあらず、世間の人、なべてこの事あり。

 

(このような例は、)この法師だけでなく、世間の人は、一般にこういった事がある。

 

 

若きほどは諸事につけて、身をたて、大きなる道をも成じ、能をもつき、学問をもせむと、

 

若いうちはいろいろな事につけて、立身出世をし、大きな道をも成し遂げ、芸能をも身につけ、学問をもしようと、

 

 

行く末久しくあらます事ども、心にはかけながら、世をのどかに思ひてうち怠りつつ、

 

遠い将来にわたって予期するいろいろな事を、心にはかけながらも、一生をのんびりと考えて怠り続け、

 

 

まづさしあたりたる目の前のことにのみ(まぎ)て月日を送れば、

 

まずさし迫っている目の前のことにばかり惑わされて月日を送るので、

 

 

ことごとなすことなくして、身は老いぬ。

 

どれもこれも成し遂げずに、年老いてしまう。

 

 

つひにものの上手にもならず、思ひしやうに身をも持たず。

 

結局その道の名人にもならず、(以前に)思っていたように立身出世もしない。

 

 

悔ゆれどもとり返さるる(よわい)ならねば、走りて坂を下る輪のごとくに衰へゆく。

 

後悔はするけれども取り返すことができる年齢ではないので、走って坂を下る車輪のように衰えてゆく。

 

 

されば一生のうち、むねとあらまほしからむことの中に、

 

だから一生のうちで、主として望んでいるようなことの中で、

 

 

いづれかまさると、よく思ひくらべて、第一の事を案じ定めて、そのほかは思ひ捨てて、一事を励むべし。

 

どれがすぐれているかと、よく考え比べて、第一の事を考え定めて、その他の事は断念して、一つの事を励むべきだ。



 

一日のうち、一時のうちにも、あまたのことの来たらむ中に、

 

一日のうち、一時のうちにも、たくさんのことがやって来るような中で、

 

 

少しも益のまさらむことを営みて、そのほかをばうち捨てて、大事を急ぐべきなり。

 

少しでも価値のあるようなことを精を出して行ない、その他のことは捨てて、大事なことを急いですべきである。

 

 

いづ方をも捨てじと心にとり持ちては、一事も成るべからず。

 

どれも捨てまいと心に執着していては、一つの事も成就するはずがない。

 

 

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