フロンティア古典教室

荊軻『風蕭蕭として易水寒し』原文・書き下し文・現代語訳

      2016/03/27

青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字

 

 

イテ太子予天下()匕首、得趙人徐夫人匕首、取百金

(ここ)()いて(たい)()(あらかじ)(てん)()()()(しゅ)(もと)め、(ちょう)(ひと)(じょ)()(じん)()(しゅ)()(これ)(ひゃっ)(きん)()る。

※於イテ=そこで、こうして

こうして太子は前もって天下一の鋭利な短剣を求め、趙の徐夫人が作った短剣を見つけ、それを百金で買い取った。

 

 

使()ヲシテツテ一レ。以ツテミルニ血濡ラシ、人無()チドコロニ

(こう)をして(くすり)()(これ)()めしむ。()つて(ひと)(こころ)みるに()()()らし、(ひと)()ちどころに()せざる(もの)()

※使=使役「使ヲシテ(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」

刀工に毒薬を短剣に染みこませた。人に試してみるとわずかに糸筋ほどの血がにじみ、すぐに死なない者はなかった。

 

 

シテハサントス荊卿

(すなわ)(そう)して(ため)(けい)(けい)(つか)はさんとす。

 

そこで準備を整えて、荊軻を送り出そうとした。

 

 

燕国勇士秦舞陽。年十三ニシテ、人()ヘテ忤視

(えん)(こく)(ゆう)()(しん)()(よう)()り。(とし)(じゅう)(さん)にして(ひと)(ころ)し、(ひと)()へて()()せず。

※「不ヘテ ~(せ)」=しいて(無理に) ~しようとはしない。 ~するようなことはしない

燕の国に秦舞陽という勇士がいた。十三歳という年齢で人を殺し、誰も彼の眼を正視しようとはしなかった。

 

 

()秦舞陽ヲシテ一レ。荊軻有、欲ニセント

(すなわ)(しん)()(よう)をして(ふく)()しむ。(けい)()()(ところ)()り、(とも)(とも)にせんと(ほっ)す。

※令=使役「令ヲシテ(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」

そこで(太子は)秦舞陽を副使として付きそはせた。荊軻には待っている人がいて、(その人と秦へ)ともに同行したいと思っていた。

 

 

人居リテキニ(いま/ず)タラ。而レドモ治行

()(ひと)(とお)きに()りて(いま)()たらず。(しか)れども()(こう)()す。

※「(いま/ざ) ~ (セ)」=再読文字、「未だ ~(せ)ず」、「まだ ~(し)ない」

その人は遠くにいて、まだ来ていなかった。しかし、(秦への)旅の準備は整ってしまっていた。

 

 

頃之シテ。太子遅シトシ、疑改悔スルヲ

頃之(しばらく)して(いま)(はっ)せず。(たい)()(これ)(おそ)しとし、()(かい)(かい)する(うたが)ふ。

 

しばらくしても出発しなかった。太子はこれを遅いと思い、荊軻は気が変わって後悔してのではないかと疑った。

 

 

ヒテハク、「日已矣。荊卿豈ラン()

(すなわ)()()ひて()はく、「()(すで)()(けい)(けい)()()()らんや。

※「豈 ~ (セ)ンや(哉・乎・邪)」=疑問・反語、「豈に ~ (せ)んや」、「どうして ~ だろうか。(いや、~ない。)」。ここでは『疑問』の意味。

そこで再びお願いして言うことには、「日数はすでに尽きました。荊卿には何か考えがおありなのでしょうか。

 

 

丹請、得ントハスヲ秦舞陽。」

(たん)()ふ、()(しん)()(よう)(つか)はすを()ん。」と。

※「請 ~」=願望、「どうか ~ させてください、どうか ~ してください」

私(=丹)としては、先に秦舞陽を派遣させたいと思います。」と。

 

 

荊軻怒リテシテ太子ハク、「何太子()ハスヤ

(けい)()(いか)(たい)()(しっ)して()はく、「(なん)(たい)()(つか)はすや。

 

荊軻は怒って太子を叱って言うことには、「どうして太子はそのような遣わし方をなさるのですか。

 

 

キテ()豎子(なり)

()きて(かえ)らざる(もの)(じゅ)()なり。

 

行ったきりで返ってこないのは、未熟者でしょう。

※「豎子」は未熟者ということだが、荊軻自身のことを指す説や秦舞陽のことを指す説もある。

 

 

ゲテ一匕首、入不測()彊秦

()(いち)()(しゅ)()げて()(そく)(きょう)(しん)()る。

 

その上、短刀一本を持って何が起こるか予測できないような強国の秦に入るのです。

 

 

マル、待チテニセントスレバナリ

(ぼく)(とど)まる所以(ゆえん)(もの)は、()(かく)()ちて(とも)(とも)にせんとすればなり。

 

私が留まっている理由は、私の友人を待って、ともに同行しよう思っているからなのです。

 

 

今太子遅シトス。請辞決セント矣。」遂

(いま)(たい)()(これ)(おそ)しとす。()()(けつ)せん。」と。(つい)(はっ)す。

※「請 ~」=願望、「どうか ~ させてください、どうか ~ してください」

(しかし)今、太子はそれを遅いとお思いです。どうか別れを告げさせていただきたい。」と。こうして出発した。

 

 

太子及賓客者、皆白衣冠シテツテ

(たい)()(およ)(ひん)(かく)()(こと)()(もの)(みな)(はく)()(かん)して()(これ)(おく)る。

 

太子と賓客のなかでその事情を知る者は、皆白い喪服を着て荊軻を見送った。

 

 

易水()。既シテ

(えき)(すい)(ほとり)(いた)る。(すで)()して(みち)()る。

 

易水のほとりまでやって来た。道祖神を祭り送別の宴を開いて旅路についた。

 

 

高漸離撃、荊軻和シテ而歌、為変徴()

(こう)(ぜん)()(ちく)()ち、(けい)()()して(うた)ひ、(へん)()(せい)()す。

※而=置き字(順接・逆接)

(荊軻の友人の)高漸離は筑を打ち鳴らし、荊軻はそれに合わせて歌い、悲壮な調べをかなでていた。

 

 

士皆垂レテ涕泣。又前ミテ而為リテハク

()(みな)(なみだ)()れて(てい)(きゅう)す。(また)(すす)みて(うた)(つく)()はく、

※而=置き字(順接・逆接)

男たちは皆涙を流して泣いた。さらに進み出て歌をつくって歌うことには、

 

 

「風蕭蕭トシテ兮易水寒   壮士一タビリテ()。」

(かぜ)(しょう)(しょう)として(えき)(すい)(さむ)   (そう)()(ひと)たび()りて()(かえ)らず」と。

※兮=置き字(語調を整える・感嘆・強調)

※「不タ (セ)」=「復た~(せ)ず」、「決して~しない/二度とは~しない」

「風はもの寂しく吹いて易水の水は寒々と流れている   壮士がひとたび去ると二度とは帰らない」と。

 

 

シテ羽声忼慨。士皆瞋ラシ、髪尽ガリテ

()()(せい)()して(こう)(がい)す。()(みな)()(いか)らし、(かみ)(ことごと)()がりて(かんむり)()す。

 

再び激高した調べで歌うと、気持ちは高まった。男たちは皆目を見開き、髪はすべて逆立って冠をつき上げるほどだった。

 

 

イテ荊軻就キテ而去。終()

(ここ)()いて(けい)()(くるま)()きて()る。(つい)(すで)(かえり)みず。

 

そこで荊軻は車に乗って去った。最後まで振り返ることはなかった。

 

 

続きはこちら『図窮まりて匕首見はる』原文・書き下し文・現代語訳

 

 

 

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