フロンティア古典教室

『管鮑之交(管鮑の交はり)』原文・書き下し文・現代語訳

      2015/11/30

青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字

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管鮑之交(管鮑の交はり)=きわめて親密な交際。互いに理解し合い、利害に左右されることのない厚い友情。

 

【あらすじ】

いろいろあって斉の君主の血筋の生き残りは糾と小白となった。斉の公位が争われる。

糾(守り役:管仲)VS小白(守り役:鮑叔)

糾は死に、管仲は捕われたが、鮑叔の推薦により政治を担当することになった管仲は天下統一に大きく貢献した。(昔、鮑叔と管仲は仲が良かった。)

後に管仲は、鮑叔は自分のよき理解者であり、とても感謝しているみたいなことを述べる。桓公(=小白)は天下統一は管仲のおかげだと評価した。(一方で世間の人々は、鮑叔の徳行と、人物鑑識能力を高く評価した。)

 

姜姓ナリ。太公望呂尚()ゼラレシ(なり)

斉は(きょう)(せい)なり。太公望(たいこうぼう)(りょ)(しょう)の封ぜられし所なり。

 

斉は(王室が)姜姓である。太公望呂尚が封ぜられた国である。

 

 

後世至桓公、覇タリ諸侯。五覇桓公メト

後世桓公に(いた)り、諸侯に()たり。五覇は桓公を始めと()す。

 

その後、桓公の代になって、諸侯の旗頭となった。春秋時代の五人の覇者は、桓公をその始めとする。

 

 

小白。兄蘘公無道ナリ。群弟恐バンコトヲ

名は小白(しょうはく)。兄の蘘公(じょうこう)無道(むどう)なり。(ぐん)(てい)(わざわい)(およ)ばんことを(おそ)る。

 

(その桓公は)名を小白といった。兄の襄公は、人の道にそむいた悪い行いをする人間であった。(襄公の)弟たちは(自分たちの身に)災難がふりかかることを恐れた。

 

 

子糾奔。管仲傅タリ

子糾(しきゅう)()(はし)る。(かん)(ちゅう)(これ)()たり。

 

公子の糾は魯へ逃げた。管仲がその糾の守り役を務めていた。

※公子=諸侯の子

 

 

小白奔。鮑叔傅タリ

小白(しょうはく)(きょ)に奔る。鮑叔(ほうしゅく)之に傅たり。

 

小白は莒へ逃げた。鮑叔がその小白の守り役を務めていた。

 

 

蘘公弟無知一レスル、無知亦為一レ

蘘公(じょうこう)は弟無知(むち)(しい)する所と()り、無知も(また)人の殺す所と為る。

※「為一レ(スル)」=受身、「AのB(する)所と為る」、「AにBされる」

(その後、)襄公は弟の無知に殺され、無知もまた人に殺された。

 

 

斉人召小白於莒ヨリ。而シテ亦発シテ

(せい)(ひと)小白(しょうはく)(きょ)より(まね)く。(しこう)して()(また)兵を発して(きゅう)を送る。

※於=置き字(起点)。   ※而(しかう)して=順接、そして。

(そこで、跡継ぎのことを考えた)斉の人々は、小白を莒から呼び戻した。すると、魯もまた軍隊を派遣して糾を送り込もうとした。

 

 

管仲嘗小白帯鉤。小白先リテ而立

(かん)(ちゅう)(かつ)(きょ)の道を(さえぎ)小白(しょうはく)を射て(たい)(こう)()つ。小白()(せい)(いた)りて立つ。

 

管仲は莒から(斉へ)の道で待ちぶせ、小白に向かって矢を射て、帯金にあたった。(結果、)小白が先に斉に到着し、即位した。

 

 

鮑叔牙薦メテ管仲サシム。公キテミヲ而用ヰル

鮑叔(ほうしゅく)()(かん)(ちゅう)(すす)めて(まつりごと)()さしむ。公は(うら)みを置きて(これ)を用ゐる。

 

鮑叔牙は管仲を推薦して、政治を担当させようとした。桓公は(殺されかけた)怨みを問わないで、管仲を用いた。

 

 

管仲字夷吾。嘗()鮑叔。分カツニ

管仲(あざな)()()(かつ)鮑叔(ほうしゅく)()。利を分かつに多く(みずか)(あた)ふ。

 

管仲は字は夷吾である。かつて、鮑叔と商売をしたことがあった。利益を分配する時に、多く自分は取った。

 

 

鮑叔()ツテ一レ。知レバナルヲ(なり)

鮑叔()つて(たん)()さず。仲の貧なるを知ればなり。

 

鮑叔はそのことで管仲を欲張りだとは思わなかった。管仲が貧乏であることを知っていたからである。

 

 

リテ窮困。鮑叔()ツテ一レ。知レバルヲ不利(なり)

(かつ)て事を(はか)りて窮困(きゅうこん)す。鮑叔()つて()()さず。時に利と不利と有るを知ればなり。

 

かつて、(鮑叔のために)ある事を計画して、(逆に、鮑叔がさらに)苦しくなった。 鮑叔はそのことで管仲を愚か者だとは思わなかった。
時によって、うまくいく時とうまくいかない時があることを知っていたからである。

 

 

タビタビ。鮑叔不ツテ一レ。知レバルヲ老母(なり)

(かつ)て三たび戦ひ三たび走る。鮑叔()つて(きょう)()さず。仲に老母有るを知ればなり。

 

かつて、(管仲は)三度戦って三回とも敗走した。 鮑叔はそのことで管仲を臆病だとは思わなかった。 管仲には(面倒を見なければならない)年老いた母親がいることを知っていたからである。

 

 

仲日ハク、「生父母、知鮑子也。」

()はく、「我を生む者は父母、我を知る者は鮑子なり。」と。

 

管仲が言うことには、「私を生んでくれたのは父母であるが、私を本当に理解してくれるのは鮑叔殿である。」と言った。

 

 

桓公九諸侯、一セルハ天下、皆仲()ナリ。一ニモ仲父、二ニモ仲父トイフ

桓公(かんこう)諸侯(しょこう)九合(きゅうごう)し、天下を(いっ)(きょう)せるは、(みな)仲の(はかりごと)なり。一にも(すなわ)(ちゅう)()、二にも則ち仲父といふ。

 

桓公が諸侯を集め合わせて、天下を統一して、秩序だてたのは、 すべて管仲の知略である。 一にも仲父、二にも仲父と言った。

 

 

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